船歴 本邦建造船25 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

尼崎汽船部

正宗丸 MASAMUNE MARU (1910)
13090/LMHT→JTIH→JBXD 木造旅客船 96G/T 進水 1910.5(明43) 竣工 1910(明43)
Lpp 28.72 B 4.36 D 2.55 m 主機 R 170IHP 7.5/8kt
尼崎汽船部(大阪)建造 尼崎汽船部(大阪)
正宗丸 MASAMUNE MARU 船客 214
1920.5(大9)社名の変更に伴ない尼崎船舶合名会社(大阪)に移籍
1921.1(大10)社名の変更に伴ない合名会社(名)尼崎汽船部(大阪)に移籍
1927(昭2)船体延長を含む改造 143G/T、37.19 x 4.72 x 2.65 (M)
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1948.4.26(昭23)尼崎汽船(大阪)に返還
1952(昭27)昭和27・28年版日本船舶明細書より削除

人丸 HITO MARU (1912)
15174/LWKC 木造旅客船 82G/T 進水 1912.4(明45) 竣工 1912(明45)
Lpp 28.10 B 4.40 D 2.70 m 主機 R 160IHP
尼崎汽船部(大阪)建造 尼崎汽船部(大阪)
人丸 HITO MARU
1920.5(大9)社名の変更に伴ない尼崎船舶合名会社(大阪)に移籍
1921.1(大10)社名の変更に伴ない合名会社(名)尼崎汽船部(大阪)に移籍
1933(昭8)主機を発動機に換装
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1946.3.2(昭21)森造船所(大阪)に売却
1951(昭26)昭和26年版船名録より削除

中村丑太郎

金刀比羅丸 KOTOHIRA MARU (1897)
1635/HKVL 木造汽船 160G/T 進水 1897.2(明30)
Lpp 32.50 B 4.82 D 4.09 m 主機 R 24NHP/75IHP 7/8.5kt
中村丑太郎(攝津)建造 土屋 清三郎(尾道)
金刀比羅丸 KOTOHIRA MARU 船客 2等)13 3等)76
1902(明35)田坂 初太郎(東京)に売却
1904(明37)東京灣汽船(株)(東京)に売却
1925.3.30(大14)鴨川沖で座礁
1926(大15)船名録より削除

幸成丸 KOSEI MARU (1903)
8804/JRFK 貨物船 393G/T 進水 1903.11(明36)
Lpp 44.99 B 6.16 D 4.82 m 主機 R 40NHP/320IHP 8/9kt
中村丑太郎(攝津)建造 中村丑太郎(大阪)
幸成丸 KOSEI MARU
1906(明39)加藤安三(大阪)に売却。後、丸一本間合名会社(増毛)に売却
1914.3.30(大3)北日本汽船(株)(小樽)に売却
1917.6.30(大6)小川(名)会社(函館)に売却
1924(大13)船名録から削除

三浦丸 MIURA MARU (1906)
9917→朝100/JVTF→PBJH 木造貨客船 386G/T 進水 1906.1(明39)
Lpp 43.17 B 6.36 D 4.65 m 36NHP
中村丑太郎(攝津)建造 中村丑太郎(大阪)
三浦丸 MIURA MARU
1909(明42)小宮万次郎(大阪)に売却
1911(明44)釜山汽船(釜山)に売却
1912.4.1(明45)朝鮮郵船(株)(仁川)に売却
1919.10(大8)朝鮮の咸北大良化で座礁、喪失

福星丸 FUKUBOSHI MARU (1908)
11724→朝223/LFPM→PBTQ 汽船 803G/T 進水 1908.8(明41)
Lpp 57.00 B 7.98 D 5.91 m 主機 R 2連成 75IHP
中村丑太郎(攝津)建造 中村合名会社(大阪)
福星丸 FUKUBOSHI MARU
1912.5.31(明45)朝鮮郵船(株)(仁川)に売却、黄海丸 Kokai Maru と改名
1917.5(大6)江原道香港里沖で座礁、沈没

名村造船鐵工所

SNo.3 白山丸 HAKUSAN MARU (1914)
17376/MPCH 貨物船 199G/T 208D/W 進水 1914.6(大3)
Lpp 32.92(108.0') B 5.94(19.5') D 3.58(11.75') m 主機 R 3連成 230IHP 1基 9.5/11kt
名村造船鐵工所(大阪)建造 Sno.3 小鹿源太郎(小樽)
白山丸 HAKUSAN MARU
1914(大3)鍵田健作(西宮)に売却
1922(大11)(合)佐藤商会(余市)に売却
1928(昭3)丸一本間合名(小樽)に売却
1938(昭13)日本サルヴェージ(株)(東京)に売却、救助船に改造。定繋港は門司
1945.2.12(昭20)揚子江上流で沈没(社史には上海とある)

玉榮丸型 2隻 TAMAYE MARU Class (1917 - 1918)

玉榮丸
玉榮丸 Tamaye Maru

S.Kizu
貨客船 Lpp 57.91(190'-0") B 9.58(31'-5") D 5.61(18'-5") m 主機 R 3連成 1基
名村造船鐵工所(大阪)建造
Sno.8 玉榮丸 TAMAYE MARU 21139/NMGR 937G/T 70NHP/600IHP 8/10kt
進水 1917.7(大6) 竣工 1917(大6) 新田仲太郎(大阪)
玉榮丸 TAMAYE MARU 船客 3等 45
1918(大7)西尾 茂松(大阪)に売却
1921(大10)岡崎汽船(株)(神戸)に売却
1927(昭2)尼崎汽船(株)部(大阪)に売却
1945.4.23(昭20)鳥取県境港港内で爆発事故により沈没
1945.10.12(昭20)船籍を抹消
Sno.9 第二玉榮丸 TAMAYE MARU No.2 22588/NVGS 956G/T 65NHP/575IHP 8/9kt
進水 1918.1(大7) 竣工 1918.2.1(大7) 新田汽船合資会社(大阪)
第二玉榮丸 TAMAYE MARU No.2
1918(大7)磯畑安蔵(神戸)に売却
1919(大8)神戸汽船信託(神戸)に売却
1923.3.12(大12)川崎汽船(株)(神戸)に売却、玉榮丸 TAMAYE MARU と改名
1924.1(大13)阪神/芝浦航路に就航
1935.2.17(昭10)日之出汽船(株)(東京)に売却
1936.8(昭11)九州、平戸瀬戸で座礁、全損
第二玉榮丸
第二玉榮丸 Tamaye Maru No.2

代志丸 YOSHI MARU (1920)
26746/RVTL 貨物船 971G/T 進水 1920.2(大9)
Lpp 58.11 B 9.30 D 5.55 m 主機 R 630IHP 9/11.4kt
名村造船鐵工所(大阪)建造 佐藤商会
代志丸 YOSHI MARU
1924.11(大13)朝鮮郵船株式会社(仁川)に売却、春川丸(SHUNSEN MARU)と改名。信号符字
FGMW 船舶番号 朝1110に変更
1934(昭9)信号符字JEKGに変更。変更年は推測
1945.1.5(昭20)ジャワ海(5.00S,112.00E)で米潜CAVALLA(SS-244)の雷撃により沈没

榮福丸 EIFUKU MARU (1923)

榮福丸
榮福丸 Eifuku Maru
28949/SKWT→JCGA 貨客船 756G/T 進水 1923.6.1(大12)
Lpp 56.02 B 8.38 D 5.18 m 主機 R 3連成 70NHP/608IHP 1基 10/11.5kt
名村造船鐵工所(大阪)建造 澤口汽船鑛業株式会社
榮福丸 EIFUKU MARU
1927(昭2)埜邑清(西宮)に売却
1930(昭5)北海郵船(株)(小樽)に売却
1931(昭6)小樽商船(小樽)に売却
1933.3.11(昭8)北日本汽船(株)(小樽)に売却
1941.5(昭16)北海道岩内沖で濃霧のため日本郵船の多摩丸と衝突、沈没

天正丸 TENSHO MARU (1926)

天正丸
天正丸 Tensho Maru

S.Kizu
31557/TDCJ→JTZH 貨客船 601G/T 進水 1926.4.15(大15) 竣工 1926.9(大15)
Lpp 53.00 B 7.92 D 4.63 m 主機 R 560IHP 11/14kt
名村造船鐵工所(大阪)建造 尼崎汽船株式会社(大阪)
天正丸 TENSHO MARU 船客 2等)79 3等)556
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1945.5.31(昭20)大阪天保山沖で触雷により沈没

第二給水丸 KYUSUI MARU No.2 (1930)
給水船 67G/T 進水 1930.10(昭5)
主機 H 焼玉 65HP
名村造船鐵工所(大阪)建造 日東運輸株式会社
第二給水丸 KYUSUI MARU No.2
日東運輸株式会社 (不詳) 第二給水丸 KYUSUI MARU No.2

第二給水丸 KYUSUI MARU No.2 (1930)
給水船 67G/T 進水 1930.10(昭5)
主機 H 焼玉 65HP
名村造船鐵工所(大阪)建造 日東運輸株式会社
第二給水丸 KYUSUI MARU No.2
日東運輸株式会社 (不詳) 第二給水丸 KYUSUI MARU No.2

株式会社名村造船所

第十一長運丸 CHOUN MARU No.11 (1931)
36744 貨物船 123G/T 182D/W 進水 1931(昭6)
Lr 30.78 B 5.49 D 2.74 m 主機 D 阪神鐵工所 130BHP 8.5/9.5kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 宮崎産業株式会社(津久見)
第十一長運丸 CHOUN MARU No.11

寶丸 TAKARA MARU (1932)
37696 貨物船 128G/T 177D/W 進水 1932(昭7)
Lpp 29.87 B 5.49 D 2.74 m 主機 H 日本発動機 200PS 9/10kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 阿波國共同汽船株式会社(徳島)
寶丸 TAKARA MARU

福丸 FUKU MARU (1932)
37700/JJEE 貨物船 132G/T 進水 1932.6(昭7) 竣工 1932(昭7)
Lpp 29.87 B 5.49 D 2.74 m 主機 H 焼玉 180PS 10/11.3kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 大阪発動機船(大阪)
福丸 FUKU MARU
1937(昭12)(株)富島組(大阪)に売却
1939(昭14)土佐商船(株)(高知)に売却
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1944.9.26(昭19)陸軍徴傭船として行動中沈没(関西汽船25年史)。日本商船隊戦時遭難史では昭18.10.12ラバウル(5-15S,152-40E)で空爆により沈没とある

榮丸 SAKAYE MARU (1932)
37706/JJHE 貨物船 122G/T 進水 1932.6(昭7) 竣工 1932(昭7)
Lpp 29.87 B 5.49 D 2.74 m 主機 H 焼玉 200HP 9/11kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 大阪発動機船(大阪)
榮丸 SAKAYE MARU
1937.1.7(昭12)三重県志摩郡鏡浦村沖で烈風のため針路を誤り座礁、沈没。後に浮揚同年、攝陽商船(株)(大阪)に売却
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1945.7.4(昭20)陸軍徴傭船として行動中、黄海方面で消息不明となった

富丸 TOMI MARU (1932)
37509/JJSH 貨物船 93G/T 123D/W 進水 1932(昭7)
Lpp 28.35 B 5.12 D 2.68 m 主機 H 日本発動機 200HP 10/11kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 大阪発動機船(大阪)
富丸 TOMI MARU SCAJAP No.T306
1937(昭12)阿波國共同汽船(株)(徳島)に売却
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1948.4.26(昭23)阿波國共同汽船(徳島)に返還
1954(昭29)昭和29年版船名録より削除(S27-28未確認)

第三給水丸 KYUSUI MARU No.3 (1932)
給水船 84G/T 進水 1932.4(昭7)
主機 H 焼玉 65HP
株式会社名村造船所(大阪)建造 日東運輸株式会社(神戸)
第三給水丸 KYUSUI MARU No.3

いざなぎ丸 IZANAGI MARU (1932)

いざなぎ丸
いざなぎ丸 Izanagi Maru
37463 旅客船 72G/T 進水 1932.1.28(昭7) 竣工 1932.4(昭7)
Lpp 24.30 B 4.88 D 2.29 m 主機 H 焼玉 160HP 11kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 攝陽商船株式会社(大阪)
いざなぎ丸 IZANAGI MARU 船客 194
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1965.12.20(昭40)佐野安商事(大阪)に売却
1966.5.6(昭41)企業組合大崎造船所(丸亀)に売却
1967.12.25(昭42)愛媛汽船(株)(今治)に売却
1968.6.27(昭43)丸亀で解体

寳丸 TAKARA MARU (1932)
37696/JJAE 貨物船 128G/T 進水 1932.6.16(昭7) 竣工 1932.7(昭7)
Lpp 29.87 B 5.49 D 2.74 m 主機 H 焼玉 200HP 10/11.2kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 大阪発動機船(大阪)
寳丸 TAKARA MARU SCAJAP No.T091
1937(昭12)阿波國共同汽船(株)(徳島)に売却
1941.3.7(昭16)海軍に徴傭、雑用船に入籍
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1946.4.15(昭21)国家使用船解除、返還
1948.4.26(昭23)阿波國共同汽船(徳島)に返還
1967(昭42)昭和42年版船名録から削除

第五博鐵丸 HAKUTETSU MARU No.5 (1933)
38850 貨物船 776G/T 1,140D/W 進水 1933(昭8)
Lr 57.91 B 8.84 D 5.18 m 主機 R 3連成 長岡鐵工所 550IHP 10/11.5kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 寶永汽船株式会社(東京)
第五博鐵丸 HAKUTETSU MARU No.5

繁丸 SHIGERU MARU (1934)
38773→48512/JXAH→JNVP 貨客船 230G/T 進水 1934.2.15(昭9) 竣工 1934(昭9)
Lpp 33.50 B 6.10 D 3.10 m 主機 H 焼玉 210HP 8.5/10kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 大阪発動機船(大阪)
繁丸 SHIGERU MARU SCAJAP No.S157
1937(昭12)攝陽商船(株)(大阪)に売却
1938.3.5(昭13)山口県和田村沖で沈没、登録抹消
1941(昭16)榊丸 SAKAKI MARU と改名浮揚後、貨物船に改造、船体延長、再登録。275G/T、Lpp 38.74 x 6.11 x 3.18 (M) 、信号符字JNVP、船舶番号 48512
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍。同年7.1、海軍に徴傭同年 8月15日、特設掃海艇に入籍
1945(昭20)戦後、海上警備隊の特設掃海艇として従事
1946.5(昭21)解役
1949.9.1(昭24)国家使用船解除、返還
1958(昭33)栄国丸 EIKOKU MARUと改名
1961.6.6(昭36)幸喜海運(大阪)に売却
1964.10.27(昭39)沈没により登録抹消

昌和丸 (1) SHOWA MARU (1939)
45872/JGVN 貨物船 1,354G/T 進水 1938.12(昭13) 竣工 1939.6.5(昭14)
Lpp 68.89 B 10.90 D 5.80 m 主機 R 1,220IHP 11/12.5kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 日東鑛業汽船株式会社(東京)
昌和丸 SHOWA MARU
1942.8.22(昭17)マニラ沖(13.55N,118.59E)で米潜SEAWOLF(SS-197)の雷撃により沈没

第七給水丸 KYUSUI MARU No.7 (1934)
給水船 90G/T 進水 1934.11(昭9)
主機 H 焼玉 54HP
株式会社名村造船所(大阪)建造 日東運輸株式会社
第七給水丸 KYUSUI MARU No.7

むさしの丸 MUSASHINO MARU (1936)
貨物船 350G/T 竣工 1936.12(昭11)
10.5kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 東京市(東京)
むさしの丸 MUSASHINO MARU

春風丸 HARUKAZE MARU (1942)
52858 貨物船 664G/T 814D/W 進水 1942(昭17)
Lr 48.94 B 9.00 D 4.50 m 主機 R 3連成 名村造船所 7.5/9.8kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 加藤船舶株式会社(大阪)
春風丸 HARUKAZE MARU

昭寶丸 (1) SHOHO MARU (1942)
貨物船 1,356G/T 2,133D/W 進水 1941.9.8(昭16) 竣工 1942(昭17)
Lpp 68.90 B 10.90 D 5.80 m 主機 R 3連成 1,000IHP 1基 12kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 正福汽船株式会社(東京)
昭寶丸 SHOHO MARU

大鳥丸 OTORI MARU (1943)
49895/JYMR 貨物船 2,105G/T 進水 1942.12(昭17) 竣工 1943.3(昭18)
Lpp 85.00 B 12.50 D 6.50 m 主機 R 3連成 1,300IHP 10/12.04kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 北日本汽船株式会社(東京)
大鳥丸 OTORI MARU D型平時標準船
1943.11.16(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍
1944.5.15(昭19)マレ−半島沖(5.57N,105.12E)で米潜ANGLER(SS-240)の雷撃により沈没(大阪商船80年史では5.20となっている)

東安丸 TOAN MARU (1943)
貨物船 2,110G/T 進水 1943.12(昭18)
株式会社名村造船所(大阪)建造 朝鮮郵船株式会社(仁川)
東安丸 TOAN MARU
1944.8.24(昭19)台湾の南(21.23N,121.37E)で米潜SAILFISH(SS-303)の雷撃により沈没

忠洋丸型 2隻 CHUYO MARU Class (1944)
貨物船 Lpp 82.30 B 12.20 D 6.20 m 主機 R 3連成 1基 1DRS型
Sno.4 忠洋丸 CHUYO MARU 50981/JUHT 1,900G/T 2,817D/W 1,200HP 10/12.37kt
起工 1943(昭18) 進水 1943.11.29(昭18) 竣工 1944.2.7(昭19)
株式会社名村造船所(大阪)建造 東洋汽船株式会社(東京)
忠洋丸 CHUYO MARU
1944.3.30(昭19)パラオ島で空爆により沈没
彌榮丸 YAE MARU 51542 1,900G/T 2,850D/W 1,200HP 11kt
起工 1943(昭18) 進水 1944.1.27(昭19) 竣工 1944.3.31(昭19) 株式会社名村造船所(大阪)建造 日本海汽船株式会社(東京)
彌榮丸 YAE MARU

五春丸型 9隻 GOSHUN MARU Class (1944 - 1947)
貨物船 Lpp 85.00 B 13.40 D 7.20 m 2D型
五春丸 GOSHUN MARU 2,300G/T
主機 T 900/1,100SHP 1基
起工 1944(昭19) 進水 1944.7(昭19) 竣工 1944(昭19) 株式会社名村造船所(大阪)建造 五洋商船株式会社
五春丸 GOSHUN MARU
南陽丸 NANYO MARU 52461/JOTV 2,300G/T
主機 T 900/1,100SHP 1基
起工 1944(昭19) 進水 1944.5(昭19) 竣工 1944.6(昭19) 株式会社名村造船所(大阪)建造 岡田商船株式会社(東京)
南陽丸 NANYO MARU
1944.10.10(昭19)那覇付近(26.13N,127.40E)で空爆により沈没
南征丸 NANSEI MARU 51780/JGWU 2,300G/T
主機 T 900/1,100SHP 1基
起工 1944(昭19) 進水 1944.3(昭19) 竣工 1944.6(昭19) 株式会社名村造船所(大阪)建造 岡田商船株式会社(東京)
南征丸 NANSEI MARU
1944.9.21(昭19)ルソン島マシンロック岬の沖(16.15N,118.45E)で空爆により沈没
博洋丸 HAKUYO MARU 2,300G/T 2,988D/W
主機 R 3連成 900NHP/1,100IHP 1基 11kt
起工 1944(昭19) 進水 1944.9(昭19) 竣工 1944.10(昭19) 株式会社名村造船所(大阪)建造 東洋汽船株式会社(東京)
博洋丸 HAKUYO MARU
1945.6.12(昭20)津軽海峡で濃霧のため海難喪失
2D型戦時標準船
第三神影丸 SHINEI MARU No.3 2,300G/T
主機 T 900/1,100SHP 1基
起工 1944(昭19) 進水 1944.12(昭19) 株式会社名村造船所(大阪)建造 武庫汽船株式会社
第三神影丸 SHINEI MARU No.3
加賀丸 KAGA MARU 2,300G/T
主機 T 900/1,100SHP 1基
起工 1944(昭19) 進水 1945.1(昭20) 竣工 1945(昭20) 株式会社名村造船所(大阪)建造 日本海汽船株式会社(東京)
加賀丸 KAGA MARU
越前丸 ECHIZEN MARU 53841/JFKB 2,170G/T 3,840D/W
主機 R 3連成 900NHP/1,100IHP 1基 8/11.47kt
起工 1944(昭19) 進水 1944.10(昭19) 竣工 1945.8(昭20) 株式会社名村造船所(大阪)建造 日本海汽船株式会社(東京)
越前丸 ECHIZEN MARU
能登丸 NOTO MARU 53842/JFLB 2,186G/T 3,888D/W
主機 R 3連成 900NHP/1,100IHP 1基 8/11.5kt
起工 1944.12.15(昭19) 進水 1945.5(昭20) 竣工 1945.11(昭20) 株式会社名村造船所(大阪)建造 日本海汽船株式会社(東京)
能登丸 NOTO MARU
1959(昭34)神原汽船(株)(東京)に売却
1962.6.27(昭37)解体
日見丸 HIMI MARU 60874/JLWQ 2,177G/T 3,814D/W
主機 R 3連成 900NHP/1,100IHP 1基 9/9.5kt
起工 1945.9(昭20) 進水 1946.5(昭21) 竣工 1947.12.29(昭22) 株式会社名村造船所(大阪)建造 福洋汽船株式会社(神戸)
日見丸 HIMI MARU SCAJAP No.H093
1950.3.6(昭25)二重底改造工事
1957.1.26(昭32)東京海事(株)(東京)に売却
1964.2(昭39)幸陽船渠(三原)に売却、解体
日見丸
日見丸 Himi Maru

雲仙丸 UNZEN MARU (1948)
貨物船 640G/T 872D/W 起工 1947.10.9(昭22) 進水 1948.2.12(昭23) 竣工 1948.3.12(昭23)
Lpp 50.00 B 8.40 D 4.30 m 主機 R 500IHP
株式会社名村造船所(大阪)建造 西日本石炭輸送株式会社
雲仙丸 UNZEN MARU 1次KF SCAJAP No.U039
1948.3.12(昭23)船舶公団(東京)と共有

第十一大源丸 DAIGEN MARU No.11 (1948)

第十一大源丸
第十一大源丸 Daigen Maru No.11
61459/JQIY 貨物船 2,108G/T 3,123D/W
起工 1945.5.20(昭20) 進水 1948.6.25(昭23) 竣工 1948.8.25(昭23)
Lpp 85.00 B 12.50 D 6.50 m 主機 R 3連成 壽重工業 1,100IHP 1基 10/13kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 名村汽船株式会社(東京)
第十一大源丸 DAIGEN MARU No.11 SCAJAP No.D058
1950(昭25)大阪商船の国内航路・室蘭阪神線に就航
1952(昭27)油焚改装
1962(昭37)神原汽船(株)(東京)に売却、第十八天社丸 TENSHA MARU No.18 と改名
1962.7.1(昭37)在籍

高千穂丸 TAKACHIHO MARU (1949)
62871/JRQY 貨物船 794G/T 1,209D/W 起工 1948.10(昭23) 進水 1949.1(昭24) 竣工 1949.3.10(昭24)
Lpp 62.00 B 9.30 D 4.60 m 主機 R 3連成 荏原製作所 500IHP 1基 8.5/9.5kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 西日本汽船株式会社(東京)
高千穂丸 TAKACHIHO MARU 3次KF
1951(昭26)西日本汽船(株)(東京)の所有

SNo.262 南海丸 NANKAI MARU (1951)

南海丸
南海丸 Nankai Maru
名村造船所の同系会社名村汽船が第5次計画造船で建造した貨物船。名村造船所では初の本格的な大型建造船でもあった。
66530/JIOO 貨物船 4,708G/T 7,237D/W
起工 1950.3.14(昭25) 進水 1950.12.12(昭25) 竣工 1951.3.26(昭26)
Lpp 115.00 B 16.30 D 9.00 m 主機 T 川崎重工 2段減速 3,200PS 1基 12.6/16.204kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.262 名村汽船株式会社(東京)
南海丸 NANKAI MARU 5次 SCAJAP No.N125
1951.6.21(昭26)大阪商船のボンベイ・カラチ航路就航第1船
1961.3(昭36)主機をD 三菱神戸8TAD48 3,600BHPに換装
1966(昭41)大阪船舶(株)(大阪)に売却

SNo.263 明和丸 MEIWA MARU (1951)

明和丸
明和丸 Meiwa Maru
67457/JNSO 貨物船 4,992G/T 7,380D/W
起工 1951.3.17(昭26) 進水 1951.9.4(昭26) 竣工 1951.12.6(昭26)
Lpp 115.00 B 16.30 D 9.00 m 主機 T 2,600SHP 1基 12/13kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.263 日東商船株式会社(東京)
明和丸 MEIWA MARU 6次追 SCAJAP No.M145
1959.10(昭34)主機をD 播磨sulzer 6SD60 3000PSに換装
1964.4.1(昭39)合併に伴いジャパンライン(株)(東京)に移籍
1969.12.29(昭44)Star Nav. Ltd.,Singaporeに売却、OCEAN MOONと改名
1971(昭46)Monarch S. S. Co. S. A.,Singaporeに売却、MONARCH STARと改名
1973(昭48)Tyler Nav. Panama S. A.,Panamaに売却、ANDYと改名
1979(昭54)Lloyd's Register 1979-1980年版より削除

東海丸 TOKAI MARU (1953)

東海丸
東海丸 Tokai Maru
69798/JEEF 貨物船 6,898G/T 9,778D/W
起工 1952.8.2(昭27) 進水 1952.12.17(昭27) 竣工 1953.4.6(昭28)
Lpp 128.00 B 17.60 D 10.20 m 主機 D 三菱神戸Sulzer 7SD72 5,000PS 1基 15.5/17.7kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 名村汽船株式会社(東京)
東海丸 TOKAI MARU 8次
1962.7.1(昭37)在籍

SNo.273 第十一東西丸 TOZAI MARU No.11 (1954)

第十一東西丸
第十一東西丸 Tozai Maru No.11
72427/JELM 貨物船 6,830G/T 9,935D/W
起工 1953.10.28(昭28) 進水 1954.3.20(昭29) 竣工 1954.6.15(昭29)
Lpp 128.00 B 17.60 D 10.20 m 主機 D 三菱神戸Sulzer 7SD72 5,250PS 2基 14/17.92kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.273 東西汽船株式会社(東京)
第十一東西丸 TOZAI MARU No.11 9次後 船客 4
1954.3(昭29)大阪商船の豪州航路・日本豪州ニュージーランド線に就航
1964.4.1(昭39)大阪商船三井船舶(株)(東京)に売却、こんごう丸 KONGO MARU と改名
1974.8.12(昭49)San Anton Nav. Co. S.A.,Panamaに売却、MIKAMIと改名
1977(昭52)Abercorn Shipping Corp.,Panamaに売却、AURORAと改名
1978(昭53)AFRICAN POENIXと改名
1979(昭54)解体のため売却、アフリカのDurbanで解体

第十二大源丸 DAIGEN MARU No.12 (1955)

第十二大源丸
第十二大源丸 Daigen Maru No.12
名村造船所のアイドル対策として建造
貨物船 981G/T 起工 1955.3.29(昭30) 進水 1955.7.5(昭30) 竣工 1955.8.10(昭30)
株式会社名村造船所(大阪)建造 名村汽船株式会社(東京)
第十二大源丸 DAIGEN MARU No.12
1956.4(昭31)東海運(株)(東京)に売却、元洋丸 GENYO MARU と改名

三笠丸型 2隻 MIKASA MARU Class (1956 - 1957)

三笠丸
三笠丸 Mikasa Maru
インド・パキスタン航路の船質改善のために計画された中型の貨物船で名村造船所が日本郵船から受注した初の船舶。自己資金船の制限(4,500G/T未満)ぎりぎりの船型とするため船体の大きさに比して載貨重量、載貨容積が最大となるよう設計された画期的な貨物船であった。
貨物船 Lpp 117.28 B 16.80 D 10.40 m 主機 D 三菱横浜M.A.N. G7Z52/90 1基
株式会社名村造船所(大阪)建造
Sno.295 三笠丸 (2) MIKASA MARU 74592/JNTS 5,856G/T 9,267D/W 3,300BHP 12.5/15.6kt
起工 1955.7.11(昭30) 進水 1955.12.15(昭30) 竣工 1956.3.15(昭31) 日本郵船株式会社(東京)
三笠丸 MIKASA MARU
1971.9.27(昭46)解体のため三弘商事に売却、尾道で解体
Sno.301 三河丸 MIKAWA MARU 76794/JHSH 5,773G/T 9,037D/W 3,300PS 12.5/15.1kt
起工 1956.12.26(昭31) 進水 1957.4.17(昭32) 竣工 1957.7.24(昭32) 東京郵船株式会社(東京)
三河丸 MIKAWA MARU 12次追
1964.10.31(昭39)昭和郵船(株)(東京)と共有
1964.10.31(昭39)日本郵船(株)(東京)に移籍
1967(昭42)日本郵船(東京)の単独保有
1973.6.29(昭48)Anebretos Enterprises Ltd.,Cyprusに売却、MARIKA M と改名
1977(昭52)Aeolian Happiness Marine,Greeceに売却、GIORGISと改名
1979(昭54)Chrys & Helen Marine Co.,Greeceに売却、MARICA Mと改名、同年 Castellonで解体
三河丸
三河丸 Mikawa Maru

SNo.296 三春丸 MIHARU MARU (1956)

三春丸
三春丸 Miharu Maru
75261/JQZL 貨物船 5,769G/T 9,020D/W
起工 1956.1.10(昭31) 進水 1956.5.12(昭31) 竣工 1956.8.12(昭31)
Lpp 117.10 B 16.80 D 10.40 m 主機 D 三菱横浜M.A.N. 3,300BHP 12.4/15.6kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.296 日本郵船株式会社(東京)
三春丸 MIHARU MARU
1956.8.12(昭31)日の丸汽船(株)(東京)と共有
1964.7.20(昭39)日の丸汽船の持分を井田(株)(東京)に変更
1969.3.31(昭44)日本郵船の単独保有
1975.5.8(昭50)Vai Maritime Ltd.,Greeceに売却、CRETAN PALMと改名
1977(昭52)Jessica Marine Co. Ltd.,Cyprusに売却、GLORIAと改名
1978(昭53)Algarve Maritime Inc.,に売却、COMARAと改名
1980.4.28(昭55)アフリカ南東部ザンジバル島沖で座礁、4月30日浮揚
1981.12.16(昭56)解体のため売却(インドまたはパキスタンで解体)

SNo.297 めるぼるん丸 (2) MELBOURNE MARU (1956)

めるぼるん丸
めるぼるん丸 Melbourne Maru
航海速力14ノットの中速貨物船として自己資金で建造された。めるぼるん丸は豪州線、まどらす丸はボンベイ・カラチ線に就航した。
75389/JRBT 貨物船 6,784G/T 起工 1956.2.28(昭31) 進水 1956.9.22(昭31) 竣工 1956.12.15(昭31)
Lpp 128.00 B 17.60 D 10.20 m 主機 D 5,250BHP 14.2/17.899kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.297 めるぼるん丸型 大阪商船株式会社(大阪)
めるぼるん丸 MELBOURNE MARU
1964.4.1(昭39)合併に伴い大阪商船三井船舶(株)(東京)に移籍
1974.10.23(昭49)Ta Rung Marine Co. Ltd.(Taiwan)に売却、TA LUNGと改名
1979(昭54)高雄で解体

SNo.299 美邦丸 MIKUNI MARU (1957)

美邦丸
美邦丸 Mikuni Maru
75094/JNKB 貨物船 5,975G/T 9,256D/W
起工 1956.6.21(昭31) 進水 1956.12.20(昭31) 竣工 1957.4.15(昭32)
Lpp 120.00 B 16.80 D 10.40 m 主機 D 三菱神戸Sulzer 7SD60 3,640PS 1基 13/15.7kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.299 武庫汽船株式会社(神戸)
美邦丸 MIKUNI MARU
1961.4(昭36)合併に伴い八千代汽船(株)(神戸)に移籍
1966.1.31(昭41)日本郵船(株)(東京)と共有
1966.4.1(昭41)千代田汽船(株)(東京)と日本郵船(東京)の共有
1972.3.31(昭47)千代田汽船(東京)の単独保有
1973(昭48)Noah Shipping & Trading Co.,Panamaに売却、NOAH No.1と改名
1974(昭49)Shin Shin Navigation Co. S. A., Panamaに売却、INTELLECTと改名
1976.11.27(昭51)香港からスエズに向け航海中、マラッカ海峡(3.37N, 99.29E)で火災、全損
1978.8(昭53)解体のため売却、インドネシアで解体

SNo.300 第七大源丸 DAIGEN MARU No.7 (1957)

第七大源丸
第七大源丸 Daigen Maru No.7
76804/JHYH 貨物船 3,186G/T 4,938D/W
起工 1956.9.28(昭31) 進水 1957.2.17(昭32) 竣工 1957.4.29(昭32)
Lpp 97.00 B 14.20 D 7.60 m 主機 D 阪神内燃機 Z7ZS 1,500PS 1基 10.5/12.7kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.300 第七大源丸型 名村汽船株式会社(東京)
第七大源丸 DAIGEN MARU No.7
1962.7.1(昭37)在籍

栄春丸 EISHUN MARU (1957)

栄春丸
栄春丸 Eishun Maru

City of Vancouver Archives
79729/JKAR 貨物船 7,696G/T 11,807D/W 起工 1957.4(昭32) 進水 1957.8(昭32) 竣工 1957.11(昭32)
Lpp 130.00 B 18.40 D 11.50 m 主機 D 三菱横浜M.A.N. K6Z70/120C 6,000BHP 1基 14.4/15.5kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 日の丸汽船株式会社(東京)
栄春丸 EISHUN MARU

SNo.303 ぼんべい丸 BOMBAY MARU (1958)

ぼんべい丸
ぼんべい丸 Bombay Maru
ボンベイ・カラチ線用に、めるぼるん型を改良して自己資金により建造された貨物船。
79285/JETY 貨物船 7,009G/T 起工 1957.4.5(昭32) 進水 1957.9.26(昭32) 竣工 1958.1.20(昭33)
Lpp 128.00 B 17.60 D 10.20 m 主機 D 三菱神戸Sulzer 7SD72 5,250HP 1基 14.2/17.777kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.303 大阪商船株式会社(大阪)
ぼんべい丸 BOMBAY MARU
1964.4.1(昭39)合併に伴い大阪商船三井船舶(株)(東京)に移籍
1973.2.21(昭48)ラングーン河でフェリーと衝突、死者行方不明者97名
1975.7.26(昭50)Cia. United Arrows S.A.(Panama)に売却、SEAQUEEN 1と改名
1978Lloyd's Register 1978-1979年版より削除

SNo.305 かるかった丸 CALCUTTA MARU (1958)
80908/JJMM 貨物船 5,170G/T 7,500D/W
起工 1957.10.21(昭32) 進水 1958.2.7(昭33) 竣工 1958.5.17(昭33)
Lpp 115.00 B 16.30 D 9.00 m 主機 D 三菱神戸Sulzer 8TAD48 3,500PS 1基 12.5/15.548kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.305 大阪商船株式会社(大阪)
かるかった丸 CALCUTTA MARU
1958.5.17(昭33)大光商船(株)(大阪)と共有
1964.4.1(昭39)合併に伴い大阪商船三井船舶(株)(東京)に移籍
1973.7.6(昭48)Opal Shipping Co. Ltd.(Cyprus)に売却、ELGRECAと改名
1974(昭49)Trident Bay Shipping Co. Ltd.(Greece)に売却、EUROPEAN INDEPENDENCEと改名
1978(昭53)Acropolis Maritime Inc.(Greece)に移籍
1979(昭54)Bedibundar,Indiaで解体

SNo.306 長良丸 (2) NAGARA MARU (1958)

長良丸
長良丸 Nagara Maru

1958.8.14 - City of Vancouver Archives
81046/JKCM 貨物船 8,397G/T 11,970D/W
起工 1957.9.18(昭32) 進水 1958.3.7(昭33) 竣工 1958.7.3(昭33)
Lpp 132.20 B 18.60 D 11.80 m 主機 D 三菱長崎 7UEC65/125 6,500PS 1基 14.2/17.9kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.306 長門丸型 日本郵船株式会社(東京)
長良丸 NAGARA MARU 13次
1975(昭50)Shin Ho Maritime S.a.,Panamaに売却、LYRA SHINHOと改名
1978(昭53)上海で解体

第八大源丸 DAIGEN MARU No.8 (1958)

第八大源丸
第八大源丸 Daigen Maru No.8
81925/JPPQ 貨物船 3,197G/T 4,903D/W
起工 1958.3.31(昭33) 進水 1958.9.16(昭33) 竣工 1958.11.27(昭33)
Lpp 97.00 B 14.20 D 7.60 m 主機 D 阪神内燃機 1,700PS 1基 10.7/13.384kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 第七大源丸型 名村汽船株式会社(東京)
第八大源丸 DAIGEN MARU No.8
1962.7.1(昭37)在籍

浜丸 HAMA MARU (1959)
曳船 95G/T 起工 1958.9.25(昭33) 進水 1959.1.10(昭34) 竣工 1959.1.29(昭34)
500HP
株式会社名村造船所(大阪)建造 日本クリーニング株式会社(横浜)
浜丸 HAMA MARU
1959.10.22(昭34)(株)日本海洋社(横浜)の設立に伴い移籍
1965.7(昭40)売却

SNo.311 三龍丸 MIRYU MARU (1959)

三龍丸
三龍丸 Miryu Maru
83519/JQUV 貨物船 5,272G/T 8,804D/W
起工 1959.3.30(昭34) 進水 1959.9.6(昭34) 竣工 1959.12.10(昭34)
Lpp 117.00 B 16.80 D 10.40 m 主機 D 三菱横浜M.A.N. G8Z52/90C 4,300PS 1基 13.4/16.858kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.311 日本郵船株式会社(東京)
三龍丸 MIRYU MARU
1959.12.10(昭34)太平洋汽船(株)(東京)と共有
1963.5.31(昭38)日本郵船の単独保有
1972.11.29(昭47)Nike International Ocean Co.S.A.,Panamaに売却、EASTERN NEPTUNEと改名
1978(昭53)Kupang Shiponwer Investment,Panamaに売却、KUPANG MARUと改名
1979(昭54)China Ultramar Navigation Co. S.A.,Panamaに売却、AVERILLAと改名、同年9月5日スリランカ東海岸で沈没

SNo.315 玉山丸 GYOKUSAN MARU (1960)

玉山丸
玉山丸 Gyokusan Maru
本船と大阪商船三井船舶の高砂丸及び中国籍の船舶とともに中国側の中国海外航務運営総署の統制下で日台航路のバナナ輸送に就航。
85421/JCPB 貨物船 2,653G/T 3,463D/W
起工 1960.3.31(昭35) 進水 1960.4.29(昭35) 竣工 1960.7.20(昭35)
Lpp 90.00 B 13.40 D 6.90 m 主機 D 伊藤鉄工 M478HS 2,700/2,700PS 1基 12.7/15.214kt
株式会社名村造船所(大阪)建造 Sno.315 日本郵船株式会社(東京)
玉山丸 GYOKUSAN MARU
1969.4.15(昭44)近海郵船(株)(東京)に売却
1972.2.4(昭47)Ta Peng S. S. Co. Ltd,Taiwanに売却、YUH SHANと改名
1977(昭52)Ta Chung S. S Co. Ltd.,Taiwanに移籍
1979(昭54)台湾の高雄で解体
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