概要と建造船 本邦建造船26 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

緒明 菊三郎

伊豆戸田出身。明治12年東京京橋区港町で造船業を経営、副業で永代橋/両国に小蒸気船を運航。造船所を火災で喪失後、明治16年に品川沖第四砲台旧跡を借用して緒明造船所を創立。海運業も経営したが明治42年1月6日死去。

第六観音丸 KWANNON MARU No.6 (1891)

第七観音丸 KWANNON MARU No.7 (1891)

第二加能丸 KANO MARU No.2 (1892)

株式会社大湊造船所

高陽丸 KOYO MARU (1901)

三省丸 SANSHO MARU (1904)

海光丸 KAIKO MARU (1904)

海天丸 KAITEN MARU (1917)

川崎兵庫造船所

三光丸 SANKWO MARU (1882)

金龍丸 KINRYU MARU (1884)

芳野川丸 YOSHINOGAWA MARU (1886)

株式会社川崎造船所

SNo.53 第五肱川丸 HIJIKAWA MARU No.5 (1897)

第五肱川丸
第五肱川丸 Hijikawa Maru No.5

SNo.1 伊豫丸 IYO MARU (1897)

SNo.2 川崎丸 KAWASAKI MARU (1898)

SNo.6 長柄丸 NAGARA MARU (1898)

SNo.7 大元丸 TA YUEN MARU (1899)

大元丸
大元丸 Ta Yuen Maru

SNo.14 硯海丸 KENKAI MARU (1899)

SNo.14 舞鶴丸 MAIZURU MARU (1899)

SNo.13 小鷹丸 KOTAKA MARU (1899)

SNo.17 第三海關丸 UMISEKI MARU No.3 (1900)

SNo.18 第三咲花丸 SAKIHANA MARU No.3 (1900)

SNo.15 大利丸 TA LEE MARU (1900)

大利丸
大利丸 Ta Lee Maru

ファンネルマークは日清汽船のもの。

SNo.16 大仁丸 DAIJIN MARU (1900)

大仁丸
大仁丸 Daijin Maru

H.Nakamura

SNo.25 新高丸 NIITAKA MARU (1901)

SNo.25 白河丸 SHIRAKAWA MARU (1901)

SNo.20 快信丸 KAISHIN MARU (1901)

SNo.21 日高丸 (1) HIDAKA MARU (1901)

SNo.33 小門丸 KOMON MARU (1901)

十勝丸型 3隻 TOKACHI MARU Class (1901 - 1903)
貨客船 Lpp 67.06(220'-0") B 8.84(29'-0") D 6.93(22'-9") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 日本郵船株式会社(東京)
1.

SNo.22 十勝丸 TOKACHI MARU (1903)

2.

SNo.23 天鹽丸 TESHIO MARU (1901)

3.

SNo.38 釧路丸 (1) KUSHIRO MARU (1903)
釧路丸
釧路丸 Kushiro Maru

SNo.34 手宮丸 TEMIYA MARU (1901)

SNo.37 北野丸 KITANO MARU (1902)

SNo.36 流星 RYUSEI (1902)

京城丸型 2隻 KEIJO MARU Class (1902 - 1903)

京城丸
京城丸 Keijo Maru

改造後の姿
貨客船 Lpp 64.62(212'-0") B 9.60(31'-6") D 6.10(20'-0") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 大阪商船株式会社(大阪)
1.

SNo.35 京城丸 KEIJO MARU (1902)

2.

SNo.42 平壌丸 HEIJO MARU (1903)
平壌丸
平壌丸 Heijo Maru

下関港

SNo.41 松帆丸 MATSUHO MARU (1903)

香川丸型 2隻 KAGAWA MARU Class (1903)
川崎重工業の社史[資2919]には「当社最初の客船」とあるが、大阪商船の揚子江航路用の浅喫水船大元丸(明治32年進水)を旅客船とみなせば大元丸のほうが4年ほど早く川崎造船所で建造されている。
旅客船 Lpp 51.82(170'-00") B 7.92(26'-00") D 5.18(17'-00") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 大阪商船株式会社(大阪)
1.

SNo.45 香川丸 KAGAWA MARU (1903)

2.

SNo.46 愛媛丸 EHIME MARU (1903)
愛媛丸
愛媛丸 Ehime Maru

SNo.247 大成丸 TAISEI MARU (1904)

大成丸
大成丸 Taisei Maru

SNo.249 徳島丸 TOKUSHIMA MARU (1904)

徳島丸
徳島丸 Tokushima Maru

群山丸型 2隻 KUNSAN MARU Class (1904)

群山丸
群山丸 Kunsan Maru
貨客船 Lpp 54.86(180'-00") B 8.53(28'-00") D 5.79(19'-00") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 大阪商船株式会社(大阪)
1.

SNo.252 群山丸 KUNSAN MARU (1904)

2.

SNo.253 木浦丸 MOPPO MARU (1904)
木浦丸
木浦丸 Moppo Maru

開城丸型 1隻 KAIJO MARU Class (1906)

開城丸
開城丸 Kaijo Maru

鹿児島港 H.Nakamura
日露戦争開戦後に開設された大阪大連線に就航した新造貨客船。もともとは関釜連絡船に対抗するために大阪仁川航路用として計画された。鐵嶺丸は明治43年(1910)に事故により喪失、開城丸は翌年に転配されたため本型が大連線に就航したのは4年余りであった。
貨客船 Lpp 85.34(280'-0") B 12.19(40'-0") D 7.01(23'-0") m 主機 R 3連成 1基 大阪商船株式会社(大阪)
1.

SNo.269 開城丸 KAIJO MARU (1906)

2.

SNo.174 鐵嶺丸 TETSUREI MARU (1906)
鐵嶺丸
鐵嶺丸 Tetsurei Maru

SNo.279 石狩丸 ISHIKARI MARU (1906)

石狩丸
石狩丸 Ishikari Maru

SNo.281 武陵丸 WOO LING MARU (1906)

武陵丸
武陵丸 Woo Ling Maru

岳陽丸型 3隻 GAKUYO MARU Class (1907)

岳陽丸
岳陽丸 Gakuyo Maru
日本郵船が長江航路用に3隻計画した浅喫水型旅客船。三菱と川崎に見積を提出させた結果、川崎造船所のほうが価格低廉かつ短工期であるため同所に発注を決定したと日本郵船の記録にある。3隻とも日清汽船に移籍後に就航した。
旅客船 Lpp 94.49(310'-0") B 13.41(44'-0") D 4.42(14'-6") m 主機 R
株式会社川崎造船所(神戸)建造 日本郵船株式会社(東京)
1.

SNo.282 岳陽丸 GAKUYO MARU (1907)

2.

SNo.283 南陽丸 NANYO MARU (1907)
南陽丸
南陽丸 Nanyo Maru

3.

SNo.284 襄陽丸 JOYO MARU (1907)

鳳山丸型 2隻 HOZAN MARU Class (1907)

鳳山丸
鳳山丸 Hozan Maru

敦賀港

H.Nakamura
貨客船 Lpp 91.44(300'-0") B 12.50(41'-0") D 7.32(14'-0") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 大阪商船株式会社(大阪)
1.

SNo.285 鳳山丸 HOZAN MARU (1907)

2.

SNo.286 嘉義丸 KAGI MARU (1907)
嘉義丸
嘉義丸 Kagi Maru

三島丸型 2隻 MISHIMA MARU Class (1909)

三島丸
三島丸 Mishima Maru
貨客船 Lpp 141.73(465'-0") B 17.07(56'-0") D 10.52(34'-6") m 主機 R 3連成 2基 賀茂丸型 日本郵船株式会社(東京)
1.

SNo.291 三島丸 MISHIMA MARU (1909)

2.

SNo.292 宮崎丸 MIYAZAKI MARU (1909)

たこま丸型 3隻 TACOMA MARU Class (1909 - 1910)

たこま丸
たこま丸 Tacoma Maru
大阪商船が香港タコマ線用に建造した6,000総トン級の同社では初めての本格的な新造貨客船。川崎造船所建造の3隻と三菱造船所建造の3隻はそれぞれ主要寸法が若干異なる。
貨客船 Lpp 124.97(410'-0") B 15.62(51'-3") D 9.91(32'-6") m 主機 R 3連成 2基 大阪商船株式会社(大阪)
1.

SNo.297 たこま丸 (1) TACOMA MARU (1909)

2.

SNo.298 しあとる丸 (1) SEATTLE MARU (1909)
しあとる丸
しあとる丸 Seattle Maru

3.

SNo.299 しかご丸 (1) CHICAGO MARU (1910)

大運丸型 2隻 DAIUN MARU Class (1911 - 1912)

大運丸
大運丸 Daiun Maru
川崎造船所のストックボートとして建造。同社初の本格的な貨物船の第1船。
貨物船 Lpp 89.92(295'-00") B 13.72(45'-00") D 7.67(25'-02") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 株式会社川崎造船所(神戸)
1.

SNo.317 大運丸 DAIUN MARU (1911)

2.

SNo.343 大榮丸 TAIYEI MARU (1912)
大榮丸
大榮丸 Taiyei Maru

SNo.346 鳥海丸 CHOKAI MARU (1911)

第二福博丸型 4隻 FUKUHAKU MARU No.2 Class (1911)
トロール漁船 Lpp 35.66(117'-0") B 6.86(22'-6") D 3.89(12'-9") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 福博遠洋漁業株式会社(福岡)
1.

SNo.350 第二福博丸 FUKUHAKU MARU No.2 (1911)

2.

SNo.351 第三福博丸 FUKUHAKU MARU No.3 (1911)

3.

SNo.352 第五福博丸 FUKUHAKU MARU No.5 (1911)

4.

SNo.353 西宗丸 NISHISO MARU (1911)

SNo.354 海洋丸 KAIYO MARU (1911)

SNo.342 静岡丸 (1) SHIDZUOKA MARU (1912)

静岡丸
静岡丸 Shidzuoka Maru

SNo.361 山城丸 (2) YAMASHIRO MARU (1912)

山城丸
山城丸 Yamashiro Maru

高麗丸型 2隻 KOMA MARU Class (1913)

高麗丸
高麗丸 Koma Maru
鐵道院が年々旅客と貨物輸送量が増加する關釜航路用に建造した鉄道連絡船。旅客の多くが夜航便に集中するため夜航便船として計画された。壹岐丸型に較べて凌波性向上のため船首楼を設けたりまた旅客室の蚕棚式の寝台を廃止し畳敷きの座席とするなどの改良が加えられた。
貨客船 Lpp 97.54(320'-0") B 13.11(43'-0") D 9.14(30'-0") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 大蔵省[鐵道院](東京)
1.

SNo.358 高麗丸 KOMA MARU (1913)

2.

SNo.359 新羅丸 SHIRAGI MARU (1913)
新羅丸
新羅丸 Shiragi Maru

SNo.366 第三西宗丸 NISHIMUNE MARU No.3 (1913)

SNo.360 さかき丸 SAKAKI MARU (1913)

さかき丸
さかき丸 Sakaki Maru

SNo.362 鹿島丸 KASHIMA MARU (1913)

鹿島丸
鹿島丸 Kashima Maru

SNo.367 大徳丸 DAITOKU MARU (1913)

SNo.369 八坂丸 YASAKA MARU (1914)

八坂丸
八坂丸 Yasaka Maru

SNo.371 はるびん丸 HARBIN MARU (1915)

はるびん丸
はるびん丸 Harbin Maru
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