船歴 本邦建造船028 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

川崎重工業株式会社艦船工場

SNo.644 興昌丸 HSING CHANG MARU (1940)

興昌丸
興昌丸 Hsing Chang Maru

戦後の姿
47277/JJPO 貨客船 3,378G/T 1,988D/W
起工 1939.9.4(昭14) 進水 1940.3.28(昭15) 竣工 1940.6.25(昭15)
Lpp 97.50 B 15.25 D 4.70 m 主機 R 3連成 3,820IHP 2基 15/17.118kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.644 興東丸型 日清汽船株式会社(東京)
興昌丸 HSING CHANG MARU 船客 1等)34 2等)96 3等)198 日清汽船が発注、東亞海運(東京)が建造 SCAJAP No.K108
1940(昭15)建造中に東亞海運(株)(東京)に移籍
1947(昭22)光運輸(株)(東京)に売却、興昌丸 KOSHO MARU と改名
1954(昭29)M.Akimoto(東京)に売却、解体。同年、昭和29・30年版船舶明細書より削除

SNo.632 宏川丸 HIROKAWA MARU (1940)

宏川丸
宏川丸 Hirokawa Maru
優秀船舶建造助成施設の適用を受けて建造された大型高速貨物船。船体は神川丸と同型だが主機の出力が増大した。紐育航路には1航海のみで帰港後、陸軍に徴用された。
47568/JTFO 貨物船 6,872G/T 9,801D/W
起工 1939.4.6(昭14) 進水 1940.5.10(昭15) 竣工 1940.10.12(昭15)
Lpp 145.00 B 19.00 D 12.20 m 主機 D 川崎M.A.N. D8Z70/120T 9,980BHP 17/19.2kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.632 川崎汽船株式会社(神戸)
宏川丸 HIROKAWA MARU
1940.9(昭15)紐育航路に就航
1941.2.8(昭16)陸軍に徴傭され、特殊防空護衛船となる
1942.11.15(昭17)ガダルカナル島エスペランス泊地で揚陸中に空爆を受けて、ボネギ河口南東の地点で擱座、沈没

SNo.659 桃川丸 MOMOKAWA MARU (1941)

桃川丸
桃川丸 Momokawa Maru
主罐は異なるが船体は菊川丸型と同型。
47967/JSTO 貨物船 3,829G/T 5,767D/W
起工 1939.12.13(昭14) 進水 1940.8.17(昭15) 竣工 1941.3.31(昭16)
Lpp 107.29(352'-0") B 15.24(50'-0") D 8.38(27'-6") m 主機 T 2段減速 川崎 2,468SHP 1基 12/14.935kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.659 川崎汽船株式会社(神戸)
桃川丸 MOMOKAWA MARU
1944.2.17(昭19)海軍徴傭船として行動中、トラック島で空爆により沈没

釣島丸 TSURISHIMA MARU (1941)
62210/JERN ケーブル敷設船 1,176G/T 380D/W 起工 1939.3(昭14) 進水 1941.5(昭16)
Lpp 69.90 B 10.80 D 5.82 m 主機 R 3連成 1,200IHP 2基 10/10.6kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 海軍省(東京)
釣島丸 TSURISHIMA MARU 旧海軍敷設艇
1951(昭26)電気通信省(東京)の所有

雪川丸型 2隻 YUKIKAWA MARU Class (1941 - 1942)

雪川丸
雪川丸 Yukikawa Maru
主機は菊川丸型と同じく川崎式タービンを採用。定格出力は2,000SHPから2,400SHPへアップしている。
貨物船 Lpp 112.00 B 15.80 D 9.00 m 主機 T 川崎 1基
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 川崎汽船株式会社(神戸)
1. Sno.648 雪川丸 (1) YUKIKAWA MARU 48694/JBZP 4,502G/T 6,849D/W 2,810SHP 12.7/15.1kt
起工 1940.2.27(昭15) 進水 1940.10.19(昭15) 竣工 1941.9.30(昭16) 雪川丸 YUKIKAWA MARU SCAJAP No.Y030
1944.6.6(昭19)海軍に徴傭、特設運送艦に入籍
1945.6.30(昭20)解役
1957(昭32)主機をD 伊藤鉄工所M478HS 2,800PSに換装
1959.1.31(昭34)神戸汽船(株)(神戸)に売却
1963(昭38)白洋汽船(株)(神戸)に売却
1967.11(昭42)国洋海運(神戸)に売却
1969(昭44)Peace Shipping Co. Ltd.(Panama)に売却、BANGKOKと改名
1971.1.21(昭46)解体のため台湾の高雄に到着
2. Sno.649 月川丸 (1) TSUKIKAWA MARU 49000/JVUQ 4,673G/T 6,950D/W 2,896SHP 12.7/15.2kt
起工 1940.4.22(昭15) 進水 1941.3.28(昭16) 竣工 1942.6.30(昭17) 月川丸 TSUKIKAWA MARU
1944.3.11(昭19)陸軍徴傭船として行動中、オビ島沖(1.18S,128.12E)で米潜BOWFIN(SS-287)の雷撃により沈没

SNo.660 出雲丸 (2) IZUMO MARU (1942)
旅客船 27,700G/T 起工 1939.11.30(昭14) 進水 1941.6.24(昭16) 竣工 1942.7.31(昭17)
Lpp 206.00 B 26.70 D 13.90 m 主機 T 56,630SHP 2基 25.63kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.660 橿原丸型 日本郵船株式会社(東京)
出雲丸 IZUMO MARU
1941.2.10(昭16)進水前に海軍省(東京)に売却
1942(昭17)7.31に飛鷹 HIYO と改名
1944.6.20(昭19)沖ノ鳥島の南西(140.00N,133.00E)で米機動部隊と交戦中に潜水艦の雷撃により漂流、後に空爆により沈没

SNo.653 筑紫丸 (2) TSUKUSHI MARU (1943)

筑紫丸
筑紫丸 Tsukushi Maru

S.Kizu
同型船に未完成の浪速丸があった
49767/JBVR 貨客船 8,136G/T 4,330D/W
起工 1940.6.20(昭15) 進水 1941.9.24(昭16) 竣工 1943.3.25(昭18)
Lpp 134.70 B 18.00 D 10.15 m 主機 T 川崎重工 2段減速 7,400/8,794SHP 1基 16.5/18.63kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.653 大阪商船株式会社(大阪)
筑紫丸 TSUKUSHI MARU
1952.1.31(昭27)Pan-Islamic S.S. Co. Ltd.,Karachiに売却、SAFINA-E-MILLATと改名、巡礼船として使用
1955(昭30)1955版Lloyd's Registerより削除、しかし1960年に火災、全損の記録もある

SNo.661 太湖丸 TAIKO MARU (1943)
貨客船 2,958G/T 4,092D/W 起工 1940.8.16(昭15) 進水 1942.2.2(昭17) 竣工 1943.3.25(昭18)
Lpp 96.00 B 14.00 D 9.60 m 主機 T 2,806SHP 1基 15.29kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.661 東亞海運株式会社(東京)
太湖丸 TAIKO MARU

SNo.686 久榮丸 KYUEI MARU (1943)
油槽船 10,171G/T 13,989D/W 起工 1942.11.20(昭17) 進水 1943.6.3(昭18) 竣工 1943.9.6(昭18)
Lpp 152.40 B 19.80 D 11.28 m 主機 D 三菱重工 三菱11MS72/125 7,360BHP 1基 16.958kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.686 日東汽船株式会社(東京)
久榮丸 KYUEI MARU
1943.12.27(昭18)台湾の沖(21.25N,118.05E)で米潜FLYINGFISH(SS-229)の雷撃を受 けて沈没

興川丸型 14隻 OKIKAWA MARU Class (1943 - 1950)

興川丸
興川丸 Okikawa Maru
油槽船 Lpp 153.00 B 20.00 D 11.50 m 主機 T 1基 1TL型
1. Sno.711 興川丸 OKIKAWA MARU 10,043G/T 16,726D/W 6,500/8,600SHP 13.5/18.5kt
起工 1943.3.5(昭18) 進水 1943.8.1(昭18) 竣工 1943.10.31(昭18)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 川崎汽船株式会社(神戸)
興川丸 OKIKAWA MARU
1943.12.27(昭18)海軍に徴傭
1944.1.1(昭19)特設運送船(給油船)に入籍
1944.9.24(昭19)海軍徴傭船として行動中、フィリピンのバラワン島北端コロン湾(12.00N,120.00E)で空爆により沈没
2. Sno.712 旭邦丸 KYOKUHO MARU 50110/JDLS 10,059G/T 16,726D/W 6,500/8,600SHP 18.5kt
起工 1943.6.4(昭18) 進水 1943.11.27(昭18) 竣工 1944.1.27(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 飯野海運産業株式会社(東京)
旭邦丸 KYOKUHO MARU
1944.9.24(昭19)比島のバラワン島の北端コロン湾(12.00N,120.00E)で空爆により沈没
3. Sno.713 ニ洋丸 NIYO MARU 50624/JQKS 10,023G/T 16,726D/W 8,600HP 18.5kt
起工 1943.8.2(昭18) 進水 1943.12.28(昭18) 竣工 1944.2.19(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 淺野物産株式会社(東京)
ニ洋丸 NIYO MARU
1944.9.21(昭19)比島マニラ港で空爆により沈没
4. Sno.714 あづさ丸 AZUSA MARU 51392/JQXS 10,023G/T 16,726D/W 8,600HP 18.5kt
起工 1943.8.9(昭18) 進水 1944.2.10(昭19) 竣工 1944.3.25(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 石原汽船株式会社(京都・府中)
あづさ丸 AZUSA MARU
1944.9.17(昭19)南シナ海(19.15N,116.33E)で米潜BARB(SS-220)の雷撃により沈没
5. Sno.715 東亞丸 TOA MARU 51400/JBAU 10,023G/T 15,348D/W 7,800SHP 12/16.63kt
起工 1943.12.1(昭18) 進水 1944.4.10(昭19) 竣工 1944.5.25(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 飯野海運株式会社(東京)
東亞丸 TOA MARU SCAJAP No.X063
1951(昭26)B.V.船級取得改造工事
1956.9(昭31)内外海運(株)(東京)に売却、アラビアでステ−ションタンカ−となる
1963.2(昭38)解体のためシンガポ−ルのマラヤン社に売却
東亞丸
東亞丸 Toa Maru
6. Sno.716 八紘丸 HAKKUWO MARU 10,023G/T 8,600SHP 18.5kt
起工 1944.1.10(昭19) 進水 1944.5.9(昭19) 竣工 1944.6.30(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 日本油槽船株式会社(東京)
八紘丸 HAKKUWO MARU 共同企業時代に起工、建造中に移籍
1944.12.4(昭19)ボルネオ北西海(13.12N,116.39E)で米潜FLASHER(SS-249)の雷撃により沈没
7. Sno.717 第二八紘丸 HAKKUWO MARU No.2 10,023G/T
起工 1944.2.12(昭19) 進水 1944.6.7(昭19) 竣工 1944.7.31(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 日本油槽船株式会社(東京)
第二八紘丸 HAKKUWO MARU No.2 共同企業時代に起工、建造中に移籍
1944.8.22(昭19)ミンダナオ島のザンボアンガ(18.48N,120.48E)で米潜SPADEFISH(SS-411)の雷撃により沈没
8. Sno.738 たかね丸 TAKANE MARU 53401/JBTU 10,021G/T 16,726D/W 8,600HP 18.5kt
起工 1944.4.11(昭19) 進水 1944.7.21(昭19) 竣工 1944.9.30(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 石原汽船株式会社
たかね丸 TAKANE MARU
9. Sno.739 橋立丸 HASHIDATE MARU 53618/JWPM→JCWF 10,021G/T 8,600HP 15/18.5kt
起工 1944.5.10(昭19) 進水 1944.9.17(昭19) 竣工 1944.10.31(昭19)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 日本海洋漁業統制株式会社(東京)
橋立丸 HASHIDATE MARU SCAJAP No.X004
1945.12.1(昭20)日本水産(株)(東京)に移籍
1946.10.15(昭21)日立造船(因島)で捕鯨工船に改造
1946.11.7(昭21)橋立丸捕鯨船団大阪港出航(戦後第1次)
1947.5(昭22)日立造船(因島)で冷凍工船に改造工事着工。10月完工
1948.4(昭23)日立造船(因島)で改造工事着工。7月完工
1949.5(昭24)日立造船(因島)で改造工事着工。10月完工
1950.7(昭25)日立造船(因島)で改造工事着工。10月完工
1951.3(昭26)飯野海運(株)(東京)に売却
1951.8.2(昭26)飯野産業(舞鶴)で油槽船に改造、B.V.船級取得改造工事完工
1957.7.7(昭32)内外海運産業(株)(東京)に売却
1960.4.20(昭35)解体
橋立丸
橋立丸 Hashidate Maru
10. Sno.742 大滝山丸 OTAKISAN MARU 10,000G/T
起工 1944.9.18(昭19) 進水 1945.1.14(昭20) 川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 三井船舶株式会社(東京)
大滝山丸 OTAKISAN MARU
1945.3(昭20)工事中止
1945.8.25(昭20)進水後、工事中断のまま放置。台風のため漂流し神戸港第一防波堤灯台付近で触雷、沈没
1948.5(昭23)岡田組により解体を開始
1948.10(昭23)解体完了
11. Sno.740 しまね丸 SHIMANE MARU 55668/JJHN 10,021G/T
起工 1944.6.8(昭19) 進水 1944.12.19(昭19) 竣工 1945.2.28(昭20)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 石原汽船株式会社
しまね丸 SHIMANE MARU 川崎重工の資料の竣工 昭和20年2月29日は存在しない日である
12. Sno.741 多度津丸 (1) TADOTSU MARU 55678/JUSY→JCMF 9,870G/T 14,896D/W 4,000HP 13.5/14.65kt
起工 1944.7.22(昭19) 進水 1945.1.30(昭20) 竣工 1946.3.2(昭21)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 日本郵船株式会社(東京)
多度津丸 TADOTSU MARU SCAJAP No.X091→X071→T296
1946.1(昭21)日本水産(株)(東京)に売却
1949.11.11(昭24)日立造船(向島)で鯨肉冷凍運搬船に改造
1956.7(昭31)呉造船所(広島)で油槽船に改造
1962.3(昭37)解体
多度津丸
多度津丸 Tadotsu Maru
13. Sno.743 大橘丸 DAIKITSU MARU 56819/JCXF 10,611G/T 11,842D/W 14kt
起工 1944.11.25(昭19) 進水 1945.4.15(昭20) 竣工 1947.12.6(昭22)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大阪商船株式会社(大阪)
大橘丸 DAIKITSU MARU SCAJAP No.T244
1945.5.15(昭20)工事を中止
1946.3(昭21)大洋漁業(株)(東京)に売却、第二天洋丸 Tenyo Maru No.2 と改名
1947.6.22(昭22)第600番船として工事再開
1947.12(昭22)主機をD 三井B&W 5,400BHPに換装、冷凍船として完工
1952.4.11(昭27)大洋商船(株)(東京)に移籍、東日本重工業(横浜)で油槽船に改造、B.V.船級取得改造工事、8月17日完工
1964.5(昭39)堺で解体
大橘丸
大橘丸 Daikitsu Maru
14. Sno.744 大邱丸 TAIKYU MARU 65642/JKUW 9,839G/T 14,953D/W 8,200HP 13.7/16.1kt
起工 1944.12.18(昭19) 進水 1950.3.6(昭25) 竣工 1950.6.3(昭25)
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 日本郵船株式会社(東京)
大邱丸 TAIKYU MARU SCAJAP No.X136
1945.2(昭20)工事中断
1949.10.19(昭24)第900番船として工事再開
1949(昭24)飯野海運(東京)に売却隆邦丸 RYUHO MARU と改名、竣工
1964.5(昭39)横須賀で解体
大邱丸
大邱丸 Taikyu Maru
川崎重工業で起工後工事中断となっていた1TL型戦標船を戦後、飯野海運が買取り同社戦後初の新造油槽船として完工。ただちにバーレーンまでの原油積取りに就航した。

第一東丸 AZUMA MARU No.1 (1946)
58035/JHFB マグロ延縄漁船 137G/T 進水 1946(昭21)
Lr 29.80 B 6.01 D 2.95 m 主機 D 赤阪鉄工 320BHP
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大洋漁業株式会社(東京)
第一東丸 AZUMA MARU No.1

第二東丸 AZUMA MARU No.2 (1946)
58021/JIVB マグロ延縄漁船 138G/T 進水 1946(昭21)
Lr 29.80 B 6.01 D 2.95 m 主機 D 赤阪鉄工 320BHP
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大洋漁業株式会社(東京)
第二東丸 AZUMA MARU No.2

第三文丸 FUMI MARU No.3 (1946)
58434/JIML 捕鯨船 312G/T 進水 1946(昭21)
Lr 41.22 B 7.50 D 4.00 m 主機 D 三井B&W 1,600BHP 10/12kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大洋漁業株式会社(東京)
第三文丸 FUMI MARU No.3

第一京丸 (2) KYO MARU No.1 (1946)
58212/JJKE 捕鯨船 285G/T 136D/W 進水 1946(昭21)
Lr 38.90 B 7.20 D 4.00 m 主機 D 川崎重工23型乙型 12.5/14kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 極洋捕鯨株式会社(東京)
第一京丸 KYO MARU No.1

第二京丸 (2) KYO MARU No.2 (1946)
58431/JIBL 捕鯨船 285G/T 136D/W 進水 1946(昭21)
Lr 38.00 B 7.20 D 4.40 m 主機 D 川崎重工 498BHP 13.9/11.5kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 日本水産株式会社(東京)
第二京丸 KYO MARU No.2

第七關丸 SEKI MARU No.7 (1947)
60030/JLVQ 捕鯨船 306G/T 1,600D/W 進水 1947(昭22)
Lr 41.22 B 7.50 D 4.00 m 主機 D 横須賀海軍工廠 11/12kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大洋漁業株式会社(東京)
第七關丸 SEKI MARU No.7

SNo.845 神港丸 SHINKO MARU (1948)

神港丸
神港丸 Shinko Maru
OT-1530/KSAK 貨物船 560G/T 767D/W
起工 1947.10.1(昭22) 進水 1947.12.26(昭22) 竣工 1948.3.12(昭23)
Lpp 50.00 B 8.40 D 4.20 m 主機 D 日本発動機 S6NV38 550BHP 1基 8.7/10kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.845 川崎近海機船株式会社(那覇)
神港丸 SHINKO MARU 1次KF SCAJAP No.S216
1948.3.12(昭23)船舶公団(東京)と共有
1950(昭24)琉球海運(株)(那覇)に売却、白銀丸 HAKUGIN MARU と改名
1970.6(昭45)寿商会へ解体のため売却

SNo.846 海光丸 KAIKO MARU (1948)

海光丸
海光丸 Kaiko Maru
59863/JLPD 貨物船 2,084G/T 3,187D/W
起工 1947.12.31(昭22) 進水 1948.4.26(昭23) 竣工 1948.6.30(昭23)
Lpp 85.00 B 12.50 D 6.65 m 主機 R 3連成 壽重工業 1,496IHP 1基 10/13.733kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.846 日本近海汽船株式会社(神戸)
海光丸 KAIKO MARU 1次KD SCAJAP No.K271
1948.6.30(昭23)船舶公団(東京)と共有
1950.7.29(昭25)日本汽船(株)(神戸)に移籍
1960.7.3(昭35)宏和海運(有)(神戸)に売却

第三天洋丸 TENYO MARU No.3 (1948)

第三天洋丸
第三天洋丸 Tenyo Maru No.3
62863/JBRT 冷蔵運搬船 3,753G/T 3,605D/W 起工 1948(昭23) 進水 1948.10(昭23) 竣工 1948.12(昭23)
Lpp 99.80 B 15.00 D 8.00 m 主機 D 林兼 -三菱長崎 7UET45/75 3,150PS 1基 11/12kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大洋漁業株式会社(東京)
第三天洋丸 TENYO MARU No.3
1961.8(昭36)主機換装

竹和丸 TAKEWA MARU (1949)
油槽船 105G/T 120D/W 進水 1949(昭24)
Lpp 26.45 B 5.30 D 2.55 m 主機 D 新潟鉄工 160BHP 8/9kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 平和汽船株式会社(東京)
竹和丸 TAKEWA MARU

菊和丸 KIKUWA MARU (1949)
油槽船 105G/T 120D/W 進水 1949(昭24)
Lpp 26.45 B 5.30 D 2.55 m 主機 D 新潟鉄工 160BHP 8/9kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 平和汽船株式会社(東京)
菊和丸 KIKUWA MARU

SNo.848 高和丸 KOWA MARU (1949)

高和丸
高和丸 Kowa Maru
64504/JIEK 貨物船 4,689G/T 7,126D/W
起工 1948.6.21(昭23) 進水 1949.3.31(昭24) 竣工 1949.5.31(昭24)
Lpp 112.00 B 16.00 D 9.00 m 主機 T 2,792SHP 1基 15.274kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.848 大同海運株式会社(神戸)
高和丸 KOWA MARU 2次KB
1960.2(昭35)主機をD 神戸発動機-三菱長崎 6UET45/75 2700BHPに換装
1964.4.1(昭39)合併に伴いジャパンライン(東京)に移籍
1964(昭39)高拓丸 KOTAKU MARU と改名
1966(昭41)Hwa Yang Shipping Co. Ltd.(South Korea)に売却、ASEAと改名
1968(昭43)Magnolia Maritime S. A.(Panama)に売却、RISING SUNと改名
1986(昭61)Lloyd's Resister 1986-87年版から削除

高昌丸型 2隻 KOSHO MARU Class (1950)

高昌丸
高昌丸 Kosho Maru
貨物船 Lpp 113.59 B 16.00 D 9.00 m 主機 T 1基
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 大同海運株式会社(神戸)
1. Sno.904 高昌丸 KOSHO MARU 66728/JREH 4,685G/T 7,237D/W 3,140SHP 15.831kt
起工 1950.1.20(昭25) 進水 1950.6.17(昭25) 竣工 1950.8.31(昭25) 高昌丸 KOSHO MARU 5次
1959.8(昭34)主機をD 神戸発動機 - 三菱長崎 7UET45/75 3150BHPに換装
1964.4.1(昭39)合併に伴いジャパンライン(東京)に移籍
1966(昭41)Sung Chang Shipping Co.(South Korea)に売却、MANO No.1と改名
1973(昭48)Lloyd's Register 1973-1974年版より削除
2. Sno.905 高明丸 KOMEI MARU 66745/JHJW 4,687G/T 7,271D/W 3,250HP 15.917kt
起工 1950.3.1(昭25) 進水 1950.8.30(昭25) 竣工 1950.11.8(昭25) 高明丸 KOMEI MARU 5次
1960.8(昭35)主機をD 神戸発動機 - 三菱長崎 7UET45/75 3150BHPに換装
1964.4.1(昭39)合併に伴いジャパンライン(株)(東京)に移籍
1966(昭41)Sung Chang Shipping Co.,South Koreaに売却、MANO No.2と改名
1978(昭53)Lloyd's Register 1978-1979年版より削除

SNo.903 和川丸 KAZUKAWA MARU (1950)

和川丸
和川丸 Kazukawa Maru
川崎汽船が定期・不定期兼用の中速経済船として建造した戦後初の外航貨物船。荷役能率の向上をはかるため船艙および艙口の配置、荷役装置について特に配慮が払われた。
67118/JPKR 貨物船 6,307G/T 8,804D/W
起工 1950.2.11(昭25) 進水 1950.10.12(昭25) 竣工 1950.12.23(昭25)
Lpp 128.00 B 17.30 D 9.70 m 主機 D 川崎M.A.N. D5Z72/120P 5,860BHP 1基 14/17.7kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.903 川崎汽船株式会社(神戸)
和川丸 KAZUKAWA MARU 5次 SCAJAP No.K337
1952.9.26(昭27)北米/南阿航路に就航
1971.1.13(昭46)Antares Shipping Co. Ltd.(不詳)に売却、PANACHRANTOSと改名
1975(昭50)Cavo Frigelos Cia. Nav. S. A.(Cyprus)に売却、BUENA ESPERANZAと改名
1978.7.22(昭53)解体のため売却、スペインのAvilesに到着

SNo.910 日新丸 (2) NISSHIN MARU (1951)

日新丸
日新丸 Nisshin Maru
67661/JCMC 鯨工船 16,810G/T 22,993D/W
起工 1950.10.19(昭25) 進水 1951.6.21(昭26) 竣工 1951.9.30(昭26)
Lpp 175.00 B 23.40 D 12.62 m 主機 D 川崎M.A.N. D7Z72/120R 10,060PS 1基 13/14kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.910 大洋漁業株式会社(東京)
日新丸 NISSHIN MARU SCAJAP No.N132
1971(昭46)油槽船(鯨油)に改造
1973.4(昭48)中国に売却
1981(昭56)在籍

神川丸型 3隻 KAMIKAWA MARU Class (1951 - 1952)

神川丸
神川丸 Kamikawa Maru
川崎汽船が北米航路再開を目指して建造した大型貨物船。戦前の神川丸型より載貨重量を増すために船体幅を増し、電気溶接を広範囲に採用して船体重量の軽減を図った。また電動ウィンチの採用により荷役が高能率化された。建造所の川崎重工業ではLR船級を取得した貨物船としては戦後初の建造船でもあった。
貨物船 Lpp 145.00 B 19.50 D 12.20 m 主機 D 川崎M.A.N. D7Z72/120P 1基
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 神川丸型(2) 川崎汽船株式会社(神戸)
1. Sno.911 神川丸 (2) KAMIKAWA MARU 67943/JCIN 6,965G/T 10,853D/W 7,500BHP 15.5/19.6kt
起工 1950.12.28(昭25) 進水 1951.8.4(昭26) 竣工 1951.10.31(昭26) 神川丸 KAMIKAWA MARU 6次 SCAJAP No.K356
1972.7.26(昭47)Eastern Sea Services Inc.(Panama)に売却、EASTERN PROVIDERと改名
1974(昭49)Pacifilc Logistics S. A.(Panama)に売却、PACLOG PROVIDERと改名
1977(昭52)Musseib Arjumand Zayarti(Panama)に売却、NADERと改名
1978(昭53)SAMAD1と改名
1979.1(昭54)解体のため売却、パキスタンのGadani Beachに到着
2. Sno.915 君川丸 (2) KIMIKAWA MARU 68219/JGRT 6,937G/T 11,229D/W 7,800BHP 15.7/19.3kt
起工 1951.5.20(昭26) 進水 1951.11.30(昭26) 竣工 1952.2.29(昭27) 君川丸 KIMIKAWA MARU 7次前 SCAJAP No.K373
1952.9.27(昭27)極東/ニューヨーク航路に就航
1972.12.7(昭47)Dabaibe Orient Shipping Co. S. A.(Panama)に売却、WELFARE No.2と改名
1974.6.30(昭49)Navlakhiで座礁、船体が2つに切断、沈没
君川丸
君川丸 Kimikawa Maru
3. Sno.916 国川丸 (2) KUNIKAWA MARU 69350/JQCZ 6,970G/T 11,244D/W 7,800BHP 15.7/19.8kt
起工 1951.12.26(昭26) 進水 1952.5.27(昭27) 竣工 1952.8.25(昭27) 国川丸 KUNIKAWA MARU 7次後
1973.1.17(昭48)Dabaibe Orient Shipping Co. S. A.,Panamaに売却、WELFARE No.3と改名
1977.4.22(昭52)解体のため売却、台湾の高雄に到着
国川丸
国川丸 Kunikawa Maru

SNo.913 日豊丸 NIPPOH MARU (1951)

日豊丸
日豊丸 Nippoh Maru
68201/JPIP 貨物船 6,209G/T 9,701D/W
起工 1951.1.8(昭26) 進水 1951.9.17(昭26) 竣工 1951.12.10(昭26)
Lpp 128.00 B 17.30 D 9.80 m 主機 T 川崎重工 2段減速 4,500PS 1基 14/16kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.913 日豊海運株式会社(神戸)
日豊丸 NIPPOH MARU 6次 SCAJAP No.N134
1964.11.1(昭39)川崎汽船(株)(神戸)に売却
1969.5.23(昭44)Golden Country Shipping Co.Ltd.,Singaporeに売却、GOLDEN COUNTRYと改名
1971.6.25(昭46)解体のため売却、台湾の高雄に到着

SNo.912 聖邦丸 SEIHO MARU (1952)

聖邦丸
聖邦丸 Seiho Maru
68042/JMUJ 油槽船 13,064G/T 20,034D/W
起工 1951.3.17(昭26) 進水 1951.10.16(昭26) 竣工 1952.1.31(昭27)
Lpp 167.00 B 22.00 D 12.20 m 主機 D 川崎M.A.N. D8Z72/120R 8,000PS 14.5/15.8kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.912 飯野海運株式会社(東京)
聖邦丸 SEIHO MARU 6次追 SCAJAP No.X178
1962(昭37)大洋商船(株)(東京)に売却、聖洋丸 SEIYO MARU と改名
1968(昭43)岡田海運(株)(大阪)に売却
1969.9.19(昭44)解体のため売却、尾道に向けて横浜を出航
1970(昭45)解体、船籍抹消

SNo.914 第三真盛丸 SHINSEI MARU No.3 (1952)

第三真盛丸
第三真盛丸 Shinsei Maru No.3
67764/JHIW 貨物船 6,295G/T 9,685D/W
起工 1951.6.11(昭26) 進水 1952.1.14(昭27) 竣工 1952.3.20(昭27)
Lpp 128.00 B 17.30 D 9.80 m 主機 T 川崎重工 2段減速 4,500PS 1基 14/16.911kt
川崎重工業株式会社艦船工場(神戸)建造 Sno.914 原商船株式会社(大阪)
第三真盛丸 SHINSEI MARU No.3 7次前
1952.9.24(昭27)川崎汽船の日本/シアトル航路に就航
1960.8(昭35)主機をD 川崎重工 4700BHPに換装
1967.6(昭42)合併に伴い日本汽船(株)(神戸)に移籍
1970.11(昭45)川崎近海汽船(株)(東京)に売却
ページの先頭へ
Copyright (C) Since 1998 Fumio Nagasawa All Rights Reserved. LU 2017.10