船歴 本邦建造船32-1 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

株式会社大阪鐵工所因島工場

悠紀丸型 13隻 YUKI MARU Class (1916 - 1920)

悠紀丸
悠紀丸 Yuki Maru
貨物船 Lpp 92.96(305'-0") B 13.34(43'-9") D 8.31(27'-3") m 主機 R 3連成 1基 北京丸型
悠紀丸 YUKI MARU 18829/MWHF→JDCD 3,162G/T 5,080D/W 185NHP/1,959IHP 9/10.5kt
起工 1915(大4) 進水 1916.1(大5) 竣工 1916.1.31(大5) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 辰馬汽船合資会社(西宮)
悠紀丸 YUKI MARU
1918.2.1(大7)辰馬汽船(合)(西宮)に移籍
1944.9.21(昭19)マタ21輸送船団としてマニラから台湾の高雄に向け航行中、ルソン島マシン・ロック岬沖(16.15N,118.45E)で米艦載機約200機の空爆(マニラ大空襲)により沈没
主基丸 SHUKI MARU 19048/NBHJ→JCGB 3,162G/T 5,080D/W 185NHP/1,959IHP 9/10.5kt
起工 1915(大4) 進水 1916.3(大5) 竣工 1916.3.22(大5) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 辰馬汽船合資会社(高砂)
主基丸 SHUKI MARU
1918.2.1(大7)辰馬汽船(株)(西宮)に移籍
1924.2.21(大13)関門海峡の金伏瀬で座礁、沈没
1925(大14)浮揚後、大福汽船(株)(神戸)に売却
1941.7(昭16)合併に伴い大同海運(株)(神戸)に移籍
1942.9.4(昭17)カロリン諸島の沖(3.05S,146.19E)で触雷、沈没
主基丸
主基丸 Shuki Maru
生駒山丸 IKOMASAN MARU 19230/NBVP→JBVD 3,173G/T 5,059D/W 186NHP/2,100IHP 9.75/11kt
進水 1916(大5) 竣工 1916.8(大5) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 三井物産株式会社船舶部(神戸)
生駒山丸 IKOMASAN MARU
1938.2.16(昭13)五洲汽船(株)(神戸)に売却
1943.8.15(昭18)合併に伴い明治海運(株)(神戸)に移籍
1945.3.17(昭20)台湾海峡(25.52N,120.18E)で米潜SPOT(SS-413)の雷撃と空爆により沈没
生駒山丸
生駒山丸 Ikomasan Maru
東裕丸 TOYU MARU 19742/NFKC 3,192G/T 5,059D/W 2,224HP 12.5kt
進水 1916.10(大5) 竣工 1916.10(大5) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 合名会社東和公司
東裕丸 TOYU MARU
元山丸 GENZAN MARU 19826/NFRS 3,179G/T 5,054D/W 2,166HP 12.9kt
進水 1916.12(大5) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 山本藤助
元山丸 GENZAN MARU
海福丸 KAIFUKU MARU 19783/MFMT 3,178G/T 5,045D/W 186NHP/2,100IHP 10/12.5kt
進水 1917.3(大6) 竣工 1917(大6) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 勝田銀次郎(神戸)
海福丸 KAIFUKU MARU
1931.2.4(昭6)北日本汽船(株)(小樽)に売却
1943.11.4(昭18)香港南岸の近海(21.00N,113.05E)で米潜SEAWOLF(SS-197)の雷撃により沈没
1943.11.16(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍
海福丸
海福丸 Kaifuku Maru

北日本汽船時代の撮影。
三池山丸 MIIKESAN MARU 19215/NBTP→JBID 3,179G/T 5,054D/W 186NHP/2,100IHP 9.75/11kt
進水 1917(大6) 竣工 1917(大6) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 三井物産株式会社船舶部(神戸)
三池山丸 MIIKESAN MARU
1934.4.8(昭9)菅谷(株)(神戸)に売却
1944.8.9(昭19)高雄港外(22.00N,120.05E)で座礁、沈没
明地丸 MEICHI MARU 21037→關219/NLTJ→QBTG 3,191G/T 5,041D/W 185NHP/2,000IHP 9/10kt
進水 1917.8(大6) 竣工 1917(大6) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 明治海運株式会社(垂水)
明地丸 MEICHI MARU
1924.2(大13)大連汽船(株)(大連)に売却、龍鳳丸と改名
1925.11.19(大14)山口県六連島沖で仮泊中、駆逐艦谷風と衝突、沈没
1926.11(大15)帝國サルヴェージが浮揚に成功、三井物産造船部(玉)で修復工事完工
1934.6.28(昭9)門司から大連に向け航行中、濃霧のため朝鮮孟骨水道兄弟島の南で座礁、船体切断。8月21日に解体
第二元山丸 GENZAN MARU No.2 3,179G/T 5,053D/W 2,103HP 12.5kt
竣工 1918.2(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 山本藤助
第二元山丸 GENZAN MARU No.2
東泰丸 TOTAI MARU 22427/NTPJ→JHTA 3,194G/T 5,057D/W 2,250IHP 9/12kt
進水 1918.4(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 東和汽船株式会社(土生)
東泰丸 TOTAI MARU
1923.4.7(大12)川崎汽船(株)(神戸)に売却
1939.8.12(昭14)東亞海運(株)(東京)設立に伴い出資
1943.12.13(昭18)陸軍徴傭船として行動中、南支那海(30.25N,132.30E)で米潜SAILFISH(SS-303)の雷撃により沈没
喜美丸 KIMI MARU 24071 3,194G/T 5,108D/W 1,927HP 12kt
進水 1918.11(大7) 竣工 1918.12(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 太平汽船株式会社
喜美丸 KIMI MARU
1938(昭13)神戸商船(株)(神戸)の所有
喜美丸
喜美丸 Kimi Maru

S.Kizu
海丸 SEIKAI MARU 27464/SCTK→JSWD 3,179G/T 4,997D/W 186NHP/1,704IHP 7.72/12.1kt
進水 1920.9(大9) 竣工 1920.11.6(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
海丸 SEIKAI MARU
1944.1.23(昭19)マレーのメルギー港(12.3N,98.3E)で空爆により沈没
海丸
海丸 Seikai Maru

S.Kizu
仁昌丸 JINSHO MARU 3,194G/T 5,065D/W 2,131HP 12.3kt
竣工 1919.2(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本商船株式会社
仁昌丸 JINSHO MARU

福丸型 14隻 FUKU MARU Class (1917 - 1923)

福丸
福丸 Fuku Maru (1917)
貨物船 Lpp 105.16(345'-0") B 14.96(49'-1") D 8.59(28'-2") m 主機 R 3連成 1基
福丸 FUKU MARU 20606/JFCD 4,379G/T 6,836D/W 225NHP/2,500IHP 10/12.3kt
進水 1917.7.18(大6) 竣工 1917(大6) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 神戸桟橋株式会社(住吉)
福丸 FUKU MARU
1918(大7)大正汽船(株)(神戸)に売却
1922(大11)共立汽船(株)(神戸)に売却
1936(昭11)大昭汽船(株)(不詳)に売却
1938.3.1(昭13)北日本汽船(株)(小樽)に売却
1938.4.12(昭13)北隆丸 HOKURYU MARU と改名
1943.11.16(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍
1944.12.20(昭19)天売島西岸で時化のため沈没
大和丸 YAMATO MARU 21059/NLVT 4,379G/T 6,822D/W 2,925IHP 13.2kt
進水 1917.10(大6) 竣工 1917.11(大6) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 株式会社互光商会
大和丸 YAMATO MARU
いんだす丸 INDUS MARU 21782/NQWL→JCRD 4,366G/T 6,731D/W 225NHP/3,127IHP 10.5/13.25kt
進水 1917.12(大6) 竣工 1918.1.30(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
いんだす丸 INDUS MARU
1943.5.15(昭18)比島マニラ沖(バルタサ島燈台沖)(13.07N,121.49E)で米潜GAR(SS-206)の雷撃により沈没
ストックボート(のち明光丸) MEIKO MARU 22017/NRVQ→JDOD 4,383G/T 6,789D/W 2,825IHP 13kt
進水 1918.2(大7) 竣工 1918.3(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 株式会社大阪鐵工所因島工場(因島)
ストックボート(のち明光丸) MEIKO MARU
1918.4(大7)明治海運(株)(神戸)に売却、明光丸 MEIKO MARU と改名
1942.1.3(昭17)ボルネオ北西海(15.1N,112.48E)で自爆により沈没
WAR MAID 4,378G/T 6,699D/W 2,853HP 13.1kt
竣工 1918.5(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船株式会社
WAR MAID
ばたびや丸 BATABIA MARU 24707/RKFP→JICD 4,393G/T 6,563D/W 2,529IHP 8.5/12.5kt
進水 1918.12(大7) 竣工 1919.1.26(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
ばたびや丸 BATABIA MARU 船客 1等)12 2等) 3等)171
1927.2(昭2)南洋航路・南洋線に就航
1927.12(昭2)南洋航路・基隆瓜哇線に就航
1931(昭6)南洋航路・日本フィリピン線に就航
1944.6.12(昭19)サイパンから日本に向け航行中、マリアナ諸島(17.07N,143.34E)で空爆により沈没
第二江崎丸 ESAKI MARU No.2 4,372G/T 6,808D/W 3,730HP 13.3kt
進水 1919(大8) 竣工 1919.8(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 太洋海運株式会社(神戸)
第二江崎丸 ESAKI MARU No.2
平明丸 HEIMEI MARU 4,336G/T 6,671D/W 3,067HP 13.5kt
進水 1919(大8) 竣工 1919.10(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 太洋汽船株式会社(三津濱)
平明丸 HEIMEI MARU
1934.8.25(昭9)杤木商事(株)(神戸)に売却
英國丸 EIKOKU MARU 4,370G/T 6,633D/W 3,217HP 12.1kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.10(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船株式会社
英國丸 EIKOKU MARU ストックボートとして建造
華陽丸 KAYO MARU 29329/SMNV→JSOA 4,363G/T 6,645D/W 2,916HP 159/13.1kt
進水 1923.9(大12) 竣工 1923.12(大12) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 太洋汽船株式会社
華陽丸 KAYO MARU ストックボートとして建造
1926.7.20(大15)共立汽船(株)(神戸)に売却
1938.5.20(昭13)合併に伴い北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.10.26(昭18)合併に伴い三井船舶(株)(東京)に移籍
1944.3.3(昭19)ニューギニア北方のクマンバ島沖(1.40N,138.50E)で雷撃により沈没
華陽丸
華陽丸 Kayo Maru
平陽丸 HEIYO MARU 28745→關279/SKDW→QCBM→JPNC 4,363G/T 6,669D/W 2,974HP 12.6kt
進水 1921.4(大10) 竣工 1921.7(大10) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船株式会社(土生)
平陽丸 HEIYO MARU ストックボートとして建造
1928.7(昭3)大連汽船(株)(大連)に売却、海龍丸 KAIRYU MARU と改名
1944.3.25(昭19)大連から九州の八幡に向け航行中、玄界灘壱岐の東方小呂島付近(33.48N,130.16E)で座礁、沈没
平陽丸
海龍丸 Kairyu Maru

S.Kizu

大武丸型 8隻 TAIBU MARU Class (1918 - 1924)
貨物船 Lpp 124.13(407'-3") B 15.27(50'-1") D 9.93(32'-7") m 主機 R 3連成 1基 蓬莱山丸型
大武丸 TAIBU MARU 22587/NVGR→JEUD 6,100G/T 279NHP/3,000IHP 10/13.2kt
進水 1918.4(大7) 竣工 1918.5(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 内田汽船株式会社(神戸)
大武丸 TAIBU MARU
1919(大8)國際汽船(株)(神戸)に売却
1929(昭4)北洋汽船(株)(京都・府中→土生)に売却、琴平丸 KOTOHIRA MARU と改名
1933.12.6(昭8)内外汽船(株)(神戸)に売却
1943.1.6(昭18)アッツ島の北海湾の北8kmで空爆により沈没
寶永山丸 (1) HOYEISAN MARU 23650/RDWN→JFQD 6,037G/T 8,813D/W 279NHP/3,800IHP 10/12.5kt
進水 1918.7(大7) 竣工 1918.10(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 三井物産株式会社船舶部(大阪)
寶永山丸 HOYEISAN MARU
1937.12.7(昭12)山下汽船(株)(神戸)に売却
1944.11.30(昭19)マニラ湾で空爆により沈没
寶永山丸
寶永山丸 Hoyeisan Maru
へいぐ丸 HAGUE MARU 26273/RVTB→JHXD 5,824G/T 8,761D/W 3,970IHP 9.14/13.78kt
進水 1919.12(大8) 竣工 1920.2.14(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
へいぐ丸 HAGUE MARU
1942.10.8(昭17)和歌山県尾鷲沖(34.01N,138.06E)で米潜DRUM(SS-228)の雷撃により沈没
へいぐ丸
へいぐ丸 Hague Maru

S.Kizu
はばな丸 HAVANA MARU 26750/RVQT→JHCD 5,823G/T 8,707D/W 3,970IHP 9.5/13.28kt
進水 1920.3(大9) 竣工 1920.4.10(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
はばな丸 HAVANA MARU
1933(昭8)印度航路・神戸孟買線に就航
1942.11.18(昭17)ショートランド島ブイン (6.30N,155.45E)で空爆により沈没
はばな丸
はばな丸 Havana Maru

S.Kizu
はあぶる丸 HAVRE MARU 26757/RVWG→JDLD 5,821G/T 8,651D/W 3,973IHP 9.27/14.16kt
進水 1920.4(大9) 竣工 1920.5.25(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
はあぶる丸 HAVRE MARU
1944.6.6(昭19)館山からサイパンに向けて航行中、サイパンの北西200哩(16.28N,142.16E)で米潜PINTADO(SS-387)の雷撃により沈没
はあぶる丸
はあぶる丸 Havre Maru
ほのるる丸 HONOLULU MARU 26771/SCRG→JNED 5,751G/T 8,582D/W 3,970IHP 9/14kt
進水 1920.6(大9) 竣工 1920.7.31(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
ほのるる丸 HONOLULU MARU
1934.3.18(昭9)日本合同工船(大阪)に売却、同年5月14日に北辰丸 HOKUSHIN MARU と改名
1936(昭11)共同漁業(株)(大阪)に移籍
1937.3(昭12)日本水産(株)(大阪)に移籍
1943.3(昭18)日本日本海洋漁業統制(株)(大阪)に移籍
1945.6.30(昭20)中国の楡林沖 (18.00N,109.30E)で時化のため沈没
うすりい丸 USSRI MARU 27539/SDFN 6,112G/T 8,765D/W 3,605IHP 12.5kt
進水 1921.4(大10) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船株式会社(土生)
うすりい丸 USSRI MARU ストックボートとして建造
うすりい丸
うすりい丸 Ussri Maru

City of Vancouver Archives
廣進丸 KOSHIN MARU 30415/STJN→JPKA 6,057G/T 279/3,380HP 12.5/14kt
起工 1923(大12) 進水 1924.2(大13) 竣工 1924.4(大13) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 廣海商事株式会社(神戸)
廣進丸 KOSHIN MARU
廣進丸
廣進丸 Koshin Maru

City of Vancouver Archives

明玄丸型 14隻 MEIGEN MARU Class (1917 - 1923)
貨物船 Lpp 105.16(345'-0") B 14.96(49'-1") D 8.59(28'-2") m 主機 R 3連成 1基 福丸型
明玄丸 MEIGEN MARU 21390/NPGW 4,378G/T 6,828D/W 3,172HP 13.2kt
進水 1917.12(大6) 竣工 1918.6.26(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船株式会社
明玄丸 MEIGEN MARU
いいすと ぽうと EAST PORT 4,381G/T 6,695D/W 3,070HP 13.3kt
竣工 1918.7(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船株式会社
いいすと ぽうと EAST PORT
いいすと ぽうと
Itelmen
日立造船の「八十周年を迎えて」(昭36)によると昭和25年日立造船築港工場で修理中のソ連貨物船でネームプレートが発見され本船と確認されたとある。
がんぢす丸 GANGES MARU 23336/RCLF→JEPD 4,383G/T 6,613D/W 2,529IHP 8.63/12.56kt
進水 1918.6(大7) 竣工 1918.8.13(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
がんぢす丸 GANGES MARU 船客 1等)12 2等) 3等)116
1931(昭6)南洋航路・日本フィリピン線に就航
1942.5.28(昭17)サンジャック東方240哩(9.07N,110.56E)で米潜SALMON(SS-182)の雷撃により沈没

u進丸 YEKISHIN MARU (1918)

u進丸
u進丸 Yekishin Maru

S.Kizu
関140/QBNH→JLUG 貨物船 993G/T 1,487D/W 進水 1918.3(大7) 竣工 1918.7(大7)
Lpp 63.40(208'-0") B 9.45(31'-0") D 5.64(18'-6") m 主機 R 3連成 新在家鐵工所 81NHP/650IHP 1基 7.5/8.5kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 長谷川源太郎(神戸)
u進丸 YEKISHIN MARU
1918.3.22(大7)大連汽船(株)(大連)に売却
1945.8.15(昭20)大連港で連合軍に接収された以後不詳

あるたい丸 ALTAI MARU (1918)

あるたい丸
あるたい丸 Altai Maru
23052/BCKG→JCDB 貨物船 7,772G/T 12,191D/W 進水 1918.6(大7) 竣工 1918.7.31(大7)
Lpp 129.54 B 17.13 D 12.34 m 主機 R 337/4,853HP 11/14kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 あるぷす丸型 大阪商船株式会社(大阪)
あるたい丸 ALTAI MARU
1918.12(大7)欧州航路・横濱倫敦線に就航
1934.10(昭9)第1次船舶改善助成施設により解体のため売却
1935.1.10(昭10)解体

いいすたん らいと型 6隻 EASTERN LIGHT Class (1918 - 1920)

いいすたん らいと
いいすたん らいと Eastern Light
貨物船 Lpp 126.49(415'-0") B 16.92(55'-6") D 10.87(35'-8") m
いいすたん らいと EASTERN LIGHT 7,149G/T 10,705D/W
主機 R 1基 12.3kt
竣工 1918.9(大7) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 U. S. Shipping Board(U. S. A.)
いいすたん らいと EASTERN LIGHT
陽明丸 YOMEI MARU 23876/RFWV 7,150G/T
主機 R 4連成 1基 14.1kt
竣工 1919.4(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本商船株式会社
陽明丸 YOMEI MARU
1921(大10)太洋汽船(株)(愛媛・新居浜)の所有
陽天丸 YOTEN MARU 24969/RLMT 7,155G/T
主機 R 4連成 1基 14.1kt
竣工 1919.6(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本商船株式会社
陽天丸 YOTEN MARU
1920(大9)太洋汽船(株)(愛媛・新居浜)の所有
陽光丸 YOKO MARU 24977/RLNH→JABD 7,154G/T 10,675D/W
主機 R 281NHP/4,240IHP 1基 13.9kt
進水 1919.6(大8) 竣工 1919.8(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本商船株式会社
陽光丸 YOKO MARU
1920(大9)太洋汽船(株)(愛媛・三津浜→神戸)に売却
1925(大14)日本共同汽船(株)(東京→神戸)に売却
1934.8.29(昭9)杤木商事(株)(神戸)に売却
1934.11.15(昭9)満州海陸運送(株)(神戸)に売却、満陽丸 MANYO MARU と改名
1936.8.10(昭11)合併に伴い山下汽船(株)(神戸)に移籍、同日小野商事合名会社(大阪)に売却
1936.10.23(昭11)小樽港外で座礁、昭和12年版日本船名録より削除
陽光丸
満陽丸 Manyo Maru

City of Vancouver Archives
陽南丸 YONAN MARU 24986/RLNW 7,154G/T
主機 R 4連成 1基 14kt
竣工 1919.10(大8) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本汽船
陽南丸 YONAN MARU
1921(大10)太洋汽船(株)(愛媛・新居浜)の所有
あるぐん丸 ARGUN MARU 27435/SCRP→JNJD 6,609G/T 10,549D/W
主機 R 279NHP/3,625IHP 1基 10.5/12.5kt
進水 1920.7.21(大9) 竣工 1920(大9) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 株式会社大阪鐵工所櫻島工場(大阪)
あるぐん丸 ARGUN MARU ストックボート
1920.9.15(大9)大阪商船(株)(大阪)に売却
1933(昭8)印度航路・神戸孟買線に就航
1943.9.15(昭18)東シナ海(26.33N,123.00E)で米潜TRIGGER(SS-237)の雷撃により沈没

新東丸 SHINTO MARU (1919)
41689/JHXJ 貨客船 1,229G/T 1,828D/W 進水 1919(大8)
Lpp 67.00 B 10.20 D 5.60 m 72NHP/IHP 8kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 新京汽船股■公司(営口)
新東丸 SHINTO MARU 旅客44名 所有社名の■=人偏に分
1936.6(昭11)澤山汽船(株)(神戸)に売却
1944.10.12(昭19)台湾の左営沖で空爆により沈没

葉山丸型 14隻 HAYAMA MARU Class (1919 - 1920)
トロール漁船 Lpp 35.97(118'-0") B 6.81(22'-4") D 3.89(12'-9") m 主機 R 3連成 1基
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 共同漁業株式会社(土生)
葉山丸 HAYAMA MARU 25998/RQTS 221G/T 190NHP/700IHP 11.5kt
進水 1919(大8) 竣工 1919.11(大8) 葉山丸 HAYAMA MARU
高雄丸 TAKAO MARU 27091/SBHQ 220G/T 190/700HP 11.5kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.4(大9) 高雄丸 TAKAO MARU
新高丸 NIITAKA MARU 26003/RVLD 221G/T
進水 1919(大8) 竣工 1919.11(大8) 新高丸 NIITAKA MARU 國司浩助名義で建造
寶永丸 HOEI MARU 26007/RVLJ 219G/T 726HP 11.4kt
進水 1919(大8) 竣工 1919.12(大8) 寶永丸 HOEI MARU
辨天丸 BENTEN MARU 26008/RVLK 221G/T 660HP
進水 1919(大8) 竣工 1919.12(大8) 辨天丸 BENTEN MARU 國司浩助名義で建造
常盤丸 TOKIWA MARU 26679/RVNF 221G/T 190/700HP 11.5kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.1(大9) 常盤丸 TOKIWA MARU
春日丸 KASUGA MARU 26665/RVMG 219G/T 190/700HP 11.5kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.1(大9) 春日丸 KASUGA MARU
陸前丸 RIKUZEN MARU 26702/RVPQ 221G/T 190/700HP 11.5kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.1(大9) 陸前丸 RIKUZEN MARU
千早丸 CHIHAYA MARU 26688/RVNS 219G/T 190/700HP 11.5kt
進水 1919(大8) 竣工 1920.2(大9) 千早丸 CHIHAYA MARU
1951(昭26)日本水産(株)(東京)の所有
園部丸 SONOBE MARU 27098/SBJF 220G/T 701HP 11.4kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.4(大9) 園部丸 SONOBE MARU
麗水丸 REISUI MARU 27102/SBJL 219G/T 800HP 11.8kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.4(大9) 麗水丸 REISUI MARU
筑紫丸 CHIKUSHI MARU 27136/SBLQ 220G/T 722HP 11.6kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.8(大9) 筑紫丸 CHIKUSHI MARU
筑紫丸
筑紫丸 Chikushi Maru
根室丸 NEMURO MARU 27143/SDBG 220G/T 734HP 11.4kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.9(大9) 根室丸 NEMURO MARU
長良丸 NAGARA MARU 27150/SDBP 219G/T 757HP 11.7kt
進水 1920(大9) 竣工 1920.10(大9) 長良丸 NAGARA MARU

嵐山丸 RANZAN MARU (1920)
27512/SDBR トロール漁船 219G/T 進水 1920(大9) 竣工 1920.10(大9)
Lpp 71.63(235'-0") B 9.96(32'-8") D 7.14(23'-5") m 主機 R 770HP 1基 11.7kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 共同漁業株式会社(土生)
嵐山丸 RANZAN MARU

浦戸丸型 2隻 URADO MARU Class (1921 - 1922)
貨客船 Lpp 65.53(215'-00") B 11.28(37'-00") D 6.10(20'-00") m 主機 R 3連成 2基
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
浦戸丸 URADO MARU 28084/SGKP→JJVH 1,248G/T 564D/W 152NHP/2,467IHP 12/14.3kt
進水 1921.10.18(大10) 竣工 1921.12.25(大10) 浦戸丸 URADO MARU
1931.10.29(昭6)土佐商船(株)(高知)に売却
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴い移籍
1943.7.15(昭18)豊後水道(33.59N,132.44E)で宮地汽船(神戸)の聖山丸と衝突、沈没
1950.6.8(昭25)引揚げ後、同月10日にNBC呉造船所で解体
室戸丸 MUROTO MARU 28094/SJWK→JJUH 1,254G/T 580D/W 152/2,014HP 13/15.2kt
進水 1922.4.1(大11) 竣工 1922.6.14(大11) 室戸丸 MUROTO MARU
1931.10.30(昭6)土佐商船(株)(高知)に売却
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴い移籍
1945.10.7(昭20)大阪湾の魚崎沖5哩で触雷、沈没
室戸丸
室戸丸 Muroto Maru

第五福盛丸 FUKUSEI MARU No.5 (1922)
27661/SDPH→JROE 旅客船 128G/T 30D/W 進水 1922.3(大11)
Lpp 32.00(105'-0") B 5.23(17'-2") D 2.62(8'-7") m 主機 R 3連成 1基 9/10kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 村上幸造(大山)
第五福盛丸 FUKUSEI MARU No.5 船客 2等 84 3等 161 (S26当時)
1928(昭3)瀬戸内商船(株)(神戸)に売却、第十東豫丸 TOYO MARU No.10 と改名
1945(昭20)瀬戸内海汽船(株)(広島)に移籍
1957(昭32)東豫丸 TOYO MARU と改名
1962.7(昭37)在籍

でりい丸型 2隻 DELI MARU Class (1922)

でりい丸
でりい丸 Deli Maru
貨客船 Lpp 82.30(270'-0") B 13.11(43'-0") D 6.86(22'-06") m 主機 R 3連成 1基
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
でりい丸 DELI MARU 28708/SKBJ→JHKA 2,171G/T 2,890D/W 2,015IHP 10.7/11.7kt
進水 1922.6.12(大11) 竣工 1922.8.10(大11) でりい丸 DELI MARU 船客 1等)15 2等) 3等)212
1944.1.16(昭19)三宅島沖(34.12N,139.54E)で米潜SWORDFISH(SS-193)の雷撃により沈没
めなど丸 MENADO MARU 28719/SLKC→JHXA 2,166G/T 2,872D/W 167NHP/2,040IHP 10.7/12.4kt
進水 1922.8.13(大11) 竣工 1922.10.25(大11) めなど丸 MENADO MARU 船客 1等)15 2等) 3等)210
1944.1.20(昭19)中国の汕頭の南西(23.20N,116.45E)で空爆により沈没
めなど丸
めなど丸 Menado Maru

S.Kizu

龍丸 SEIRYU MARU (1926)

龍丸
龍丸 Seiryu Maru
31352/TCGD 貨物船 1,905G/T 進水 1925.11(大14) 竣工 1926.2(大15)
Lpp 77.72(255'-0") B 11.89(39'-0") D 6.93(22'-9") m 主機 R 3連成 122NHP/1,561IHP 1基 10/12kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 玄武丸型 株式会社大阪鐵工所因島工場(土生)
龍丸 SEIRYU MARU ストックボート
1926.3.17(大15)北日本汽船(株)(小樽)に売却
1943.11.16(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍
1944.5.11(昭19)伊豆諸島沖(29.42N,141.35E)で米潜STURGEON(SS-187)の雷撃により沈没

若潮丸 WAKASHIO MARU (1934)
67225/JCIC 救助船 931G/T 1,303D/W 進水 1934(昭9)
Lr 60.95 B 9.30 D 5.79 m 主機 R 3連成 870IHP 1基 8/10kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日本サルヴェージ株式会社(東京)
若潮丸 WAKASHIO MARU

第十昭和丸 SHOWA MARU No.10 (1936)
41981/JITK 捕鯨船 264G/T 進水 1936(昭11)
Lr 37.00 B 7.40 D 4.20 m 主機 R 3連成 750IHP 13.5/12kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 共同漁業株式会社(東京)
第十昭和丸 SHOWA MARU No.10
1951(昭26)日本水産(株)(東京)に移籍

SNo.1285 春日丸 KASUGA MARU (1936)
42068/JGOL 貨物船 3,967G/T 5,606D/W 進水 1936.9(昭11) 竣工 1936.10.30(昭11)
Lpp 108.07 B 15.25 D 8.10 m 主機 R&T 排気タービン付 477NHP/1,700IHP 1基 12.5/15.6kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 Sno.1285 内外汽船株式会社(神戸)
春日丸 KASUGA MARU

神龍丸型 5隻 SHINRYU MARU Class (1937 - 1941)
貨物船 Lpp 111.50 B 16.50 D 8.90 m
Sno.1298 神龍丸 SHINRYU MARU 42949/JTBL 4,935G/T 7,120D/W
主機 R 3連成 3,325IHP 1基 16.9kt
進水 1937.3.13(昭12) 竣工 1937.5.18(昭12) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 内外汽船株式会社(神戸)
神龍丸 SHINRYU MARU
Sno.1301 三興丸 SANKO MARU 42972/JTPL 4,958G/T 7,057D/W
主機 T 全衝動式2段減速装置付 3,230SHP 1基 16.9kt
起工 1936.11.28(昭11) 進水 1937.5.29(昭12) 竣工 1937.8.15(昭12)
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 佐藤汽船株式会社(神戸)
三興丸 SANKO MARU 第3次船舶改善助成施設適用船
三興丸
三興丸 Sanko Maru
Sno.1302 伏見丸 FUSHIMI MARU 43717/JTTL 4,935G/T 7,094D/W
主機 T 2,590SHP 1基 16.9kt
進水 1937.8(昭12) 竣工 1937.10.5(昭12) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 内外汽船株式会社(神戸)
伏見丸 FUSHIMI MARU
Sno.1286 天龍丸 TENRYU MARU 42623/JGZL 4,864G/T 7,040D/W
主機 T 全衝動式2段減速装置付 3,250SHP 1基 16.9kt
起工 1936.6.9(昭11) 進水 1936.11.15(昭11) 竣工 1937.12.28(昭12)
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 内外汽船株式会社(神戸)
天龍丸 TENRYU MARU 第3次船舶改善助成施設適用船
日吉丸 HIE MARU 48619/JQTO 4,943G/T 7,097D/W
主機 T 3,210SHP 1基 13/15.937kt
起工 1941.3.1(昭16) 進水 1941(昭16) 竣工 1941.5.31(昭16)
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 北日本汽船株式会社(東京)
日吉丸 HIE MARU 第2船艙に20tヘビーデリックを有する
1941.12.23(昭16)ボルネオ北西海クチン沖5哩(5.08N,110.13E)で潜水艦の雷撃により沈没
日吉丸
日吉丸 Hie Maru

S.Yamaguchi

永興丸 EIKO MARU (1938)
天津航路に就航。
44035/JSXL 貨客船 3,026G/T 進水 1937.10.6(昭12) 竣工 1938.1.25(昭13)
Lpp 91.45 B 13.80 D 7.50 m 主機 T 16,002,011SHP 1基 10.3/14.46kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 大阪商船株式会社(大阪)
永興丸 EIKO MARU 船客 2等 22 3等 105

第六昭南丸型 4隻 SHONAN MARU No.6 Class (1938 - 1940)
捕鯨船 Lpp 40.00 B 8.20 D 4.50 m 主機 R 1基 第一昭南丸型 日本水産株式会社(東京)
第六昭南丸 SHONAN MARU No.6 355G/T 1,273IHP 14.2kt
進水 1938(昭13) 竣工 1938.9.18(昭13) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 第六昭南丸 SHONAN MARU No.6
第七昭南丸 SHONAN MARU No.7 350G/T 1,266IHP 14.1kt
進水 1938(昭13) 竣工 1938.9.18(昭13) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 第七昭南丸 SHONAN MARU No.7
第八昭南丸 SHONAN MARU No.8 45144/JFCB 350G/T 1,266IHP 12.5/14.02kt
進水 1938(昭13) 竣工 1938.9.24(昭13) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 第八昭南丸 SHONAN MARU No.8
第十七昭南丸 SHONAN MARU No.17 355G/T 1,338IHP 14kt
進水 1940(昭15) 竣工 1940.11.20(昭15) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 第十七昭南丸 SHONAN MARU No.17

朝風丸型 4隻 ASAKAZE MARU Class (1938 - 1940)

朝風丸
朝風丸 Asakaze Maru
撒積貨物輸送に適した1万重量トン級、速力12ノットの不定期貨物船で主機にはタービンを採用した。大阪鐵工所の系列会社である日産汽船の船は他社の建造船の注文の合間をみて工事が行われた。
貨物船 Lpp 128.00 B 17.50 D 10.50 m 主機 T 1基
朝風丸 ASAKAZE MARU 44754/JPAM 6,517G/T 3,648SHP 14/15.9kt
進水 1938.9.10(昭13) 竣工 1938.12.18(昭13) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 東大汽船株式会社(神戸)
朝風丸 ASAKAZE MARU
1940.8.1(昭15)合併に伴い山下汽船(株)(神戸)に移籍
1943.12.5(昭18)マーシャル群島クェゼリン島近海(9.00N,166.30E)で空爆により沈没
興新丸 KOSHIN MARU 44585/JQPM 6,529G/T 9,903D/W 3,883HP 15.2kt
進水 1938.6.16(昭13) 竣工 1938.9.27(昭13) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 株式会社岡田組(大阪)
興新丸 KOSHIN MARU
1942.4.16(昭17)岡田商船(株)(東京)に移籍
1944.8.4(昭19)門司から台湾の高雄へ向け航行中、8月9日台湾基隆沖(25-10N,121-40E)で火災のため沈没
興新丸
興新丸 Koshin Maru

ファンネルマークは用船した國際汽船のもの
山下汽船が発注したが國際汽船の中古船と船腹交換され、さらに國際汽船が岡田組に引渡した経緯がある。
日立丸 HIDACHI MARU 45868/JZWM 6,540G/T 3,985SHP 12/16.5kt
進水 1939.2.6(昭14) 竣工 1939.6.15(昭14) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日産汽船株式会社(東京)
日立丸 HIDACHI MARU
1943.2.14(昭18)ショートランドで空爆により沈没
日立丸
日立丸 Hidachi Maru
日朗丸 NICHIRO MARU 46626/JPJN 6,534G/T 4,112SHP 12/16kt
起工 1939.3.1(昭14) 進水 1939.7.30(昭14) 竣工 1940.1.10(昭15)
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日産汽船株式会社(東京)
日朗丸 NICHIRO MARU
1944.2.17(昭19)パラオ付近(8.5S,135.4E)で米潜SARGO(SS-188)の雷撃により沈没
日朗丸
日朗丸 Nichiro Maru

興隆丸 HSING LUNG MARU (1940)
47483/JNQO 貨客船 3,214G/T 起工 1939(昭14) 進水 1940.3.12(昭15) 竣工 1940.8.22(昭15)
Lpp 97.50 B 15.25 D 4.70 m 主機 R 3連成 4,197IHP 2基 17.4kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 興東丸型 日清汽船株式会社(東京)
興隆丸 HSING LUNG MARU 日清汽船が発注、東亞海運が建造
1940(昭15)建造中に東亞海運(株)(東京)に移籍
1945(昭20)中国に接収されChina Merchant Steam Nav. Co. Ltd.(招商局、上海)に移籍、江隆 KIANG LUNG と改名
1959(昭34)解体

日運丸型 2隻 NICHIUN MARU Class (1941 - 1942)

日運丸
日運丸 Nichiun Maru
貨物船 Lpp 93.00 B 13.70 D 7.60 m 日帝丸型 日産汽船株式会社(東京)
日運丸 NICHIUN MARU 48735/JHRP 2,728G/T
主機 R 3連成 1,804IHP 1基 14.4kt
進水 1941.7(昭16) 竣工 1941.9.24(昭16) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日運丸 NICHIUN MARU
1943.1.29(昭18)ブーゲンビル島南東(6.21S,156.4E)で米潜GATO(SS-212)の雷撃により沈没
日南丸 (1) NICHINAN MARU 49212/JHSP 2,732G/T
主機 T 1,630SHP 1基 14.2kt
進水 1941.12(昭16) 竣工 1942.3.25(昭17) 株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 日南丸 NICHINAN MARU
1944.3.27(昭19)インドネシア(7.27S,115.55E)で米潜RASHER(SS-26)の雷撃により沈没

第十八日正丸 NISSHO MARU No.18 (1942)
49371/JPEC 貨物船 1,998G/T 4,492D/W 進水 1942.5(昭17) 竣工 1942(昭17)
Lpp 85.00 B 12.50 D 6.50 m 主機 R 3連成 1,278IHP 1基 10/13.3kt
株式会社大阪鐵工所因島工場(広島)建造 丸正海運株式会社(神戸)
第十八日正丸 NISSHO MARU No.18
1951(昭26)日正汽船(東京)の所有

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