船歴 本邦建造船36 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

石川島播磨重工業株式会社東京第一工場

SNo.11888 ざおう PL05 ZAO (1982)

ざおう PL05
ざおう PL05 Zao
125966/8KPB 巡視船:ヘリ1機搭載型 3,243G/T
起工 1980.10(昭55) 進水 1981.10(昭56) 竣工 1982.3(昭57)
Lpp 97.23 B 14.60 D 8.00 m 主機 D 石川島播磨SEMT 12PC2-5V 15,400/15,600BHP 2基 21.5/22.96kt
石川島播磨重工業株式会社東京第一工場(東京)建造 Sno.11888 つがる PL02型 運輸省海上保安庁(塩竃)
ざおう PL05 ZAO 35mm機銃x1,20mm多銃身機銃x1

SNo.3000 しきしま PLH31 SHIKISHIMA (1992)

しきしま PLH31
しきしま PLH31 Shikishima

2012.6.2 東京湾・羽田沖
横浜海上保安部
133100/JPHH 巡視船 6,500G/T 起工 1990.4.28(平2) 進水 1991.6(平3) 竣工 1992.4(平4)
Loa 150.00 B 17.00 D 10.00 m 主機 D 4基 2軸
石川島播磨重工業株式会社東京第一工場(東京)建造 Sno.3000 しきしま PLH31型 国土交通省海上保安庁(東京)
しきしま PLH31 SHIKISHIMA

SNo.3051 凌風丸 RYOFU MARU (1995)
海洋気象観測船 1,380G/T 起工 1994.3.15(平6) 進水 1994.11.14(平6) 竣工 1995.6.30(平7)
Lpp 72.00 B 13.00 D 6.00 m 主機 D ダイハツ6DLM-40AL 3,200/4,000BHP 1基 14/16.4kt
石川島播磨重工業株式会社東京第一工場(東京)建造 Sno.3051 国土交通省気象庁(東京)
凌風丸 RYOFU MARU

建造船舶 - (株)神戸製鋼所播磨造船工場(株)播磨造船所(株)播磨造船所石川島播磨重工業(株)相生第一工場 戻る

株式会社播磨造船所

吉備丸型 2隻 KIBI MARU Class (1916)

吉備丸
吉備丸 Kibi Maru
播磨造船所では初めての本格的な1,800重量トン級の貨物船。主機は岡本鐵工所(大阪)製の三連成レシプロ機関。
貨物船 Lpp 67.97(223'-0") B 10.06(33'-0") D 5.46(17'-11") m 主機 R 3連成 1基
株式会社播磨造船所(相生)建造
1. Sno.2 吉備丸 KIBI MARU 19221/NBVC 1,173G/T 565IHP 8.29kt
起工 1915.12.2(大4) 進水 1916.5.23(大5) 竣工 1916.7.7(大5) 豊崎昌三郎(西宮)
吉備丸 KIBI MARU
1930(昭5)高辻榮太郎(尼崎)の所有、吉備丸 NISSHIN MARUと改名
2. Sno.3 御崎丸 MISAKI MARU 19238/NBWF→JDQC 1,172G/T 1,793D/W 82NHP/800IHP 8.5/11kt
起工 1916.4.17(大5) 進水 1916.7.26(大5) 竣工 1916.9.20(大5) 日本汽船株式会社(神戸)
御崎丸 MISAKI MARU
1930(昭5)濱根商店(神戸)の所有
御崎丸
御崎丸 Misaki Maru

扇海丸型 5隻 SENKAI MARU Class (1917 - 1919)

扇海丸
扇海丸 Senkai Maru
播磨造船所初期の中型貨物船。第1船扇海丸は進水作業に不慣れだったため来客が到着する前に進水したという挿話がある。関連会社鳥羽造船所の相島丸型と同型。第十六宇和島丸と大東丸の2隻は帝國汽船の経営下になってから竣工。
貨物船 Lpp 69.49(228'-0") B 10.06(33'-0") D 5.72(18'-9") m
株式会社播磨造船所(相生)建造
1. Sno.6 扇海丸 SENKAI MARU 19765/NFLQ 1,262G/T 1,946D/W
主機 R 3連成 483IHP 1基 9.697kt
起工 1916.10.6(大5) 進水 1917.1.11(大6) 竣工 1917.2.28(大6) 扇海汽船株式会社(西宮)
扇海丸 SENKAI MARU
2. Sno.8 大勝丸 DAISHO MARU 1,264G/T 1,972D/W
主機 R 3連成 813HP 1基 8.3kt
起工 1917.1.23(大6) 進水 1917.7.5(大6) 竣工 1917.9.14(大6) 岩田可盛
大勝丸 DAISHO MARU
3. Sno.18 扇洋丸 SENYO MARU ge/NTBF 11,237G/T 2,010D/W
主機 R 3連成 90NHP/873IHP 1基 8.5/9kt
起工 1917.9.18(大6) 進水 1918.3.3(大7) 竣工 1918.4.15(大7) 岩田可盛(神戸)
扇洋丸 SENYO MARU
扇洋丸
扇洋丸 Senyo Maru
4. Sno.34 第十六宇和島丸 UWAJIMA MARU No.16 23162/RBQJ 1,222G/T
主機 R 3連成 1,076HP 1基 11.46kt
起工 1918.3.2(大7) 進水 1918.10.5(大7) 竣工 1918.11.4(大7) 宇和島運輸株式会社(八幡浜)
第十六宇和島丸 UWAJIMA MARU No.16
1936.3(昭11)(株)新盛舎(門司)に売却
1936.3.25(昭11)山本汽船(株)(神戸)に売却、陽山丸と改名
1944.6.12(昭19)墨湖津から伏木に向け航行中、時化のため石川県松ケ下錨地(37-08N,136-43E)で仮泊中に米潜SKATE(SS-305)の雷撃により沈没
1946.4.25(昭21)船籍抹消
第十六宇和島丸
第十六宇和島丸 Uwajima Maru No.16

SNo.14 櫻島丸 SAKURAJIMA MARU (1917)

櫻島丸
櫻島丸 Sakurajima Maru
主機には播磨造船所製作の1号機を搭載した。
20850/NQMP 曳船 135G/T 起工 1917.6.21(大6) 進水 1917.11.5(大6) 竣工 1917.12.28(大6)
Lpp 28.96(95'-0") B 6.25(20'-6") D 3.35(11'-0") m 主機 R 2連成 367BHP 1基 9.885kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.14 大蔵省[鐵道院](東京)
櫻島丸 SAKURAJIMA MARU
1920.5.15(大9)鐵道省(東京)に移籍
1920.8.1(大9)函館港に配属
1927.6.8(昭2)曳船として用途変更
1928.9.10(昭3)青森へ転配
1932.6.3(昭7)函館から稚内に転配
1937.8.12(昭12)小樽へ転配

SNo.41 第一快運丸 KAIUN MARU No.1 (1918)
22182/NSPK 木造汽船 1,081G/T 1,624D/W
起工 1917.9.15(大6) 進水 1918.1.13(大7) 竣工 1918.3.1(大7)
Lpp 62.48(205'-0") B 10.57(34'-8") D 5.49(18'-0") m 主機 R 3連成 1基 9.8kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.41 大蔵省[鐵道院](東京)
第一快運丸 KAIUN MARU No.1
1919.4.3(大8)函航路に就航
1920.5.15(大9)鐵道省(東京)に移籍
1925.7.10(大14)函航路終航
1925.9(大14)係船

第六與禰丸型 6隻 YONE MARU No.6 Class (1918 - 1921)

第六與禰丸
第六與禰丸 Yone Maru No.6
4,900重量トン級の標準型貨物船。6隻中2隻が船鉄交換船として米国へ提供された。
貨物船 Lpp 92.96(305'-0") B 13.34(43'-9") D 8.31(27'-3") m 主機 R 3連成 1基
株式会社播磨造船所(相生)建造
1. Sno.7 第六與禰丸 YONE MARU No.6 3,165G/T 4,977D/W 1,948IHP 12.328kt
起工 1917.7.16(大6) 進水 1918.1.12(大7) 竣工 1918.3.21(大7) 帝國汽船株式会社
第六與禰丸 YONE MARU No.6
1918(大7)Alfred Co., Ltd,不詳に売却、WAR AMAZONと改名
2. Sno.33 第七與禰丸 YONE MARU No.7 2,963G/T 4,924D/W 1,421HP 14.548kt
起工 1917.11.11(大6) 進水 1918.6.1(大7) 竣工 1918.7.30(大7) 帝國汽船株式会社(神戸)
第七與禰丸 YONE MARU No.7
1918(大7)U. S. Shipping Board,U. S. A.に売却、EASTERN KINGと改名
1937(昭12)U. S. Maritime Commission, Seattleに移籍。同年、解体のため売却、EASTERN KING MARUと改名
1938(昭13)興國汽船(株)(神戸)に売却、昌山丸と改名 44154/JCMM
1943.10.16(昭18)トンキン湾のハイフォン沖(20-52N, 106-40E)で空爆により沈没
第七與禰丸
Eastern King
3. Sno.15 夕顔丸 YUGAO MARU 25449/RNLM→JAOD 2,937G/T 186NHP/2,054IHP 12.878kt
起工 1919.2.4(大8) 進水 1919.4.17(大8) 竣工 1919.5.30(大8) 帝國汽船株式会社(鳥羽)
夕顔丸 YUGAO MARU
1920(大9)國際汽船(株)(神戸)に売却
1932.5(昭7)朝鮮郵船(株)(仁川)に売却、江原丸 KWOGEN MARU と改名
1944.4.19(昭19)紀伊水道日ノ御崎南西1浬沖で衝突、沈没
夕顔丸
夕顔丸 Yugao Maru
4. Sno.12 イースタン パイロット EASTERN PILOT 26185/RSKN 3,229G/T 4,951D/W
起工 1919.7.12(大8) 進水 1919.11.15(大8) 竣工 1919.12.12(大8) 帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)
イースタン パイロット EASTERN PILOT
1919(大8)U. S. Shipping Board,U. S. A.に提供
イースタン パイロット
イースタン パイロット Eastern Pilot
ストックボート
5. Sno.49 高知丸 KOCHI MARU 2,918G/T 4,966D/W 3,085HP 13.513kt
起工 1920.6.15(大9) 進水 1920.10.20(大9) 竣工 1920.11.30(大9) 帝國汽船株式会社(神戸)
高知丸 KOCHI MARU
6. Sno.50 岩手丸 IWATE MARU 28023/SGDF→JOID 2,928G/T 4,879D/W 202NHP/3,010IHP 9/13.6kt
起工 1920.8.18(大9) 進水 1920.12.2(大9) 竣工 1921.6.4(大10) 帝國汽船株式会社(鳥羽)
岩手丸 IWATE MARU
1923(大12)近海郵船(株)(東京)に売却
1939.9.8(昭14)合併に伴い日本郵船(株)(東京)に移籍
1944.2.17(昭19)ラバウル港(4.15S,152.30E)で空爆により沈没

SNo.40 第二快運丸 KAIUN MARU No.2 (1918)
22231/NSTQ 木造汽船 1,002G/T 1,624D/W
起工 1917.9.15(大6) 進水 1918.2.27(大7) 竣工 1918.4.13(大7)
Lpp 62.79(206'-0") B 10.36(34'-0") D 5.79(19'-0") m 主機 R 3連成 1基 10.25kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.40 大蔵省[鐵道院](東京)
第二快運丸 KAIUN MARU No.2
1919.4.6(大8)函航路に就航
1920.5.15(大9)鐵道省(東京)に移籍
1925.7.31(大14)函航路終航

SNo.36 家島丸 IESHIMA MARU (1918)
22237/NSVD 木造曳船 191G/T 起工 1917.12.18(大6) 進水 1918.3.13(大7) 竣工 1918.4.30(大7)
Lpp 30.48(100'-0") B 6.71(22'-0") D 3.81(12'-6") m 主機 R 3連成 294IHP 1基 8.85kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.36 直島丸型 大蔵省[鐵道院](東京)
家島丸 IESHIMA MARU 汽缶は鐵道院から機関車のボイラの支給を受けた
1920.5.15(大9)鐵道省(東京)に移籍

SNo.42 金浦丸 KANEURA MARU (1918)
22721/NVSR 木造貨物船 983G/T 1,624D/W
起工 1918.1.15(大7) 進水 1918.4.14(大7) 竣工 1918.5.24(大7)
Lpp 62.18(204'-0") B 10.36(34'-0") D 5.79(19'-0") m 9.8kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.42 大蔵省[鐵道院](東京)
金浦丸 KANEURA MARU

帝國汽船株式会社播磨造船所

イースタン ショア型 11隻 EASTERN SHORE Class (1918 - 1920)

イースタン ショア
イースタン ショア Eastern Shore
播磨造船所が建造した日米船鉄交換船。鈴木商店鉄材部の依頼により英国のコンサルティング・エンジニア、ワーレス氏が設計した標準船のうち同所初の10,000重量トン級の大型貨物船。
貨物船 Lpp 129.54(425'-0") B 16.36(53'-8") D 11.40(37'-5") m 主機 R 3連成 1基
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造
1. Sno.9 イースタン ショア EASTERN SHORE 23622/RDTQ 6,806G/T 3,096IHP 13.25kt
起工 1918.2.5(大7) 進水 1918.8.21(大7) 竣工 1918.10.20(大7) U. S. Shipping Board
イースタン ショア EASTERN SHORE 第八與禰丸
2. Sno.11 與禰丸 YONE MARU 24730/RKMP→JIWD 6,780G/T 3,000NHP/3,018IHP 13.184kt
起工 1918.9.2(大7) 進水 1919.2.8(大8) 竣工 1919.2.28(大8) 帝國汽船株式会社
與禰丸 YONE MARU
1920(大9)國際汽船(株)(神戸)に売却
1929.10.18(昭4)中外商船(株)(神戸)に売却、玉鉾丸 TAMAHOKO MARU と改名
1935.2.5(昭10)合併に伴い玉井商船(株)(神戸)に移籍
1935.3.1(昭10)會陽汽船(株)(神戸)に売却
1944.6.24(昭19)陸軍徴用船として運行中、天草灘 (32.24N,129.38E)で雷撃により沈没
與禰丸
與禰丸 Yone Maru
3. Sno.10 八重丸 YAYE MARU 25187/RMKT→JADD 6,780G/T 4,165IHP 13.255kt
起工 1918.12.25(大7) 進水 1919.6.4(大8) 竣工 1919.6.30(大8) 帝國汽船株式会社(鳥羽)
八重丸 YAYE MARU
1920(大9)國際汽船(株)(鳥羽)に売却
1922.1(大11)北米東岸・ガルフ/日本航路に就航
1942(昭17)ペナン沖70浬で雷撃により沈没
4. Sno.29 百合丸 YURI MARU 25489/RNQF→JAFD 6,787G/T 3,281IHP 11.5/13.67kt
起工 1919.3.14(大8) 進水 1919.7.24(大8) 竣工 1919.8.31(大8) 帝國汽船株式会社(鳥羽)
百合丸 YURI MARU
1920(大9)國際汽船(株)(神戸)に売却
1943.11.11(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍
1943.11.28(昭18)ニューギニア島の北方(1.40N,141.51E)で米潜RATON(SS-270)の雷撃により沈没
百合丸
百合丸 Yuri Maru
5. Sno.30 春光丸 SHUNKO MARU 26171/RSJP→JSQD 6,776G/T 10,870D/W 3,756IHP 10/13.979kt
起工 1919.6.20(大8) 進水 1919.11.4(大8) 竣工 1919.11.24(大8) 株式会社互光商会(尼崎)
春光丸 SHUNKO MARU
1921.2.10(大10)大阪商船(株)(大阪)に売却
1933(昭8)印度航路・神戸孟買線に就航
1942.10.14(昭17)カロリン諸島(5.45N,144.25E)で米潜SKIPJACK(SS-184)の雷撃により沈没
6. Sno.31 テキサス丸 TEXAS MARU 26196/RSLH 6,786G/T 10,906D/W 4,082IHP 13.823kt
起工 1919.9.20(大8) 進水 1920.1.8(大9) 竣工 1920.1.31(大9) 帝國汽船株式会社(鳥羽)
テキサス丸 TEXAS MARU
1920(大9)國際汽船(株)(神戸)に売却
1929.8.31(昭4)中外商船(株)(東京)に売却、玉穂丸 TAMAHO MARU と改名
1931.12.30(昭6)アリューシャン(49.14N,179.50E)で大時化のため舵機破損、航行不能となる。翌昭和7年1月2日、船体放棄。乗員全員は付近を航行中の東洋汽船の麗洋丸に救助された
テキサス丸
テキサス丸 Texas Maru
注意)玉井商船の社史では所有船の第1船として掲載されているが中外商船が玉井汽船に合併(昭10)される前に喪失している。
7. Sno.17 ロッキー丸 ROCKY MARU 6,786G/T 10,899D/W 4,048HP 14.889kt
起工 1919.11.10(大8) 進水 1920.2.25(大9) 竣工 1920.3.18(大9) 帝國汽船株式会社(神戸)
ロッキー丸 ROCKY MARU Lpp:425'-0"(129.54) B:53'-8"(17.86) D:29'-3"(8.91) (m)
8. Sno.13 イースタン ソルジャー EASTERN SOLDIER 6,818G/T 10,626D/W 3,905HP 13.142kt
起工 1919.11.24(大8) 進水 1920.4.3(大9) 竣工 1920.5.14(大9) U. S. Shipping Board(U. S. A.)
イースタン ソルジャー EASTERN SOLDIER
1920(大9)後にLENA LOCKENBACHと改名、ルッケンバッハ・ラインに就航
イースタン ソルジャー
イースタン ソルジャー Eastern Soldier
9. Sno.43 TOBA 6,649G/T 10,695D/W 3,486HP 14.059kt
起工 1920.2.16(大9) 進水 1920.6.5(大9) 竣工 1920.7.15(大9) Rotterdamsche Lloyd
TOBA

Toba
10. Sno.44 せいぬ丸 SEINU MARU 26820/RWDV→JALA 6,784G/T 3,224IHP 11/13.56kt
起工 1920.3.25(大9) 進水 1920.7.12(大9) 竣工 1920.8.23(大9) 帝國汽船株式会社(神戸)
せいぬ丸 SEINU MARU
1924.7(大13)大日本鹽業(株)(和歌山・江住)に売却
1928.2.21(昭3)山下汽船(株)(神戸)に売却、朝光丸 CHOKO MARU と改名
1942.10.21(昭17)ニューブリテン島の北方(2.30S,150.30E)で米潜GUDGEON(SS-211)の雷撃により沈没
11. Sno.45 イープル丸 YPRES MARU 26830/RWFN→JHID 6,784G/T 4,196IHP 11/14.54kt
起工 1920.5.11(大9) 進水 1920.9.6(大9) 竣工 1920.10.1(大9) 帝國汽船株式会社(神戸)
イープル丸 YPRES MARU
1924.7(大13)大日本鹽業(株)(和歌山・江住)に売却
1928.4.7(昭3)山下汽船(株)(神戸)に売却、旭光丸 KYOKKO MARU と改名
1943.11.15(昭18)日本からフィリピンのマニラに向け航行中、マニラの西方60浬(14.53N,119.56E)で米潜CREVALLE(SS-291)の雷撃により沈没
イープル丸
イープル丸 Ypres Maru

SNo.19 松島丸 MATSUSHIMA MARU (1919)
24043/RGPT 1,345G/T 起工 1918.5.26(大7) 進水 1918.9.25(大7) 竣工 1919.1.22(大8)
Lpp 71.32 B 10.36 D 6.07 m 1,037PS 12.5kt
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.19 帝國汽船株式会社(神戸)
松島丸 MATSUSHIMA MARU

第一玉園丸 TAMAZONO MARU No.1 (1919)
27634/JELB トロール漁船 313G/T 進水 1919(大8)
Lr 40.30 B 7.00 D 3.30 m 主機 R 8.5/9.5kt
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造 共同漁業株式会社(戸畑)
第一玉園丸 TAMAZONO MARU No.1

SNo.20 甲崎丸 KOSAKI MARU (1918)

甲崎丸
甲崎丸 Kosaki Maru

自社用曳船
24031/RGPB 木造曳船 69G/T 起工 1918.6.9(大7) 進水 1918.9.13(大7) 竣工 1918.11.14(大7)
Lpp 23.16(76'-0") B 4.57(15'-0") D 2.74(9'-0") m 主機 R 3連成 222IHP 1基 8.25kt
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.20 帝國汽船株式会社(相生)
甲崎丸 KOSAKI MARU

第二玉園丸 TAMAZONO MARU No.2 (1919)
41967/JJRG トロール漁船 316G/T 進水 1919(大8)
Lr 40.30 B 7.00 D 3.30 m 主機 R 3連成 8.5/9.5kt
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造 共同漁業株式会社(戸畑)
第二玉園丸 TAMAZONO MARU No.2

SNo.35 直島丸 NAOSHIMA MARU (1918)
木造曳船 190G/T 起工 1917.12.18(大6) 進水 1918.4.28(大7) 竣工 1918.5.14(大7)
Lpp 30.48(100'-0") B 6.71(22'-0") D 3.81(12'-6") m 主機 R 3連成 242IHP 1基 9.165kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.35 大蔵省[鐵道院]
直島丸 NAOSHIMA MARU 汽缶は鐵道院から機関車のボイラの支給を受けた

SNo.37 大東丸 DAITO MARU (1919)
24074/RGSV 貨物船 1,230G/T 1,950D/W
起工 1918.5.25(大7) 進水 1918.12.3(大7) 竣工 1919.1.18(大8)
Lpp 69.49(228'-0") B 10.06(33'-0") D 5.72(18'-9") m 主機 R 3連成 1,005HP 1基 11.435kt
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.37 扇海丸型 帝國汽船株式会社(相生)
大東丸 DAITO MARU

生駒丸型 2隻 IKOMA MARU Class (1919)
播磨造船所建造の2隻と鳥羽造船所建造の5隻の合計7隻建造された中型の貨物船。
貨物船 Lpp 82.30(270'-0") B 11.89(39'-0") D 7.29(23'-11") m 主機 R 3連成 1基
帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)建造
1. Sno.38 生駒丸 IKOMA MARU 2,014G/T 3,568D/W 1,434IHP 10.673kt
起工 1918.10.5(大7) 進水 1919.3.5(大8) 竣工 1919.4.21(大8) 帝國汽船株式会社(神戸)
生駒丸 IKOMA MARU
2. Sno.39 伊吹丸 IBUKI MARU 2,014G/T 3,568D/W 1,051HP 11.972kt
起工 1919.2.25(大8) 進水 1919.6.3(大8) 竣工 1919.9.4(大8) 帝國汽船株式会社(神戸)
伊吹丸 IBUKI MARU
大阪・浪華造船所(播磨造船所の関連会社)で建造中、帝國汽船の事業縮小に伴い同所を閉鎖するため建造中の第3船伊吹丸は1919年6月進水後、播磨造船所へ曳航して艤装を続行した

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