船歴 本邦建造船81 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

池田鹿三郎

六甲丸 ROKKO MARU (1918)
22571/NVFQ 木造貨物船 682G/T 進水 1918.3(大7) 竣工 1918(大7)
Lpp 52.94 B 8.84 D 5.00 m 主機 R
池田鹿三郎(神戸)建造 池田商事株式会社(西宮)
六甲丸 ROKKO MARU
1921.3.18(大10)飯野寅吉(西宮)に売却
1922.6.1(大11)飯野汽船(株)(神戸)に移籍
1925.3.7(大14)上野某(大阪)に売却
1925.6.25(大14)秋田三一(神戸)に売却
1926.1.10(大15)沈没

新田造船所

第二萬榮丸型 7隻 BANYEI MARU No.2 Class (1917 - 1919)

第二萬榮丸
第二萬榮丸 Banyei Maru No.2
貨物船 Lpp 67.06(220'-0") B 10.21(33'-6") D 5.64(18'-6") m 主機 R 3連成 1基
新田造船所(大阪)建造
第二萬榮丸 BANYEI MARU No.2 20998/NPTC 1,186G/T 80NHP/650IHP 8/9kt
進水 1917.12(大6) 新田汽船合資会社(新居浜)
第二萬榮丸 BANYEI MARU No.2
第六萬榮丸 BANEI MARU NO.6 21522/NPTW→JILB 1,191G/T 690NHP/IHP 8/9kt
進水 1917.12(大6) 新田汽船合資会社(西宮)
第六萬榮丸 BANEI MARU NO.6
1922(大11)共立汽船(株)(神戸)に売却
1938.5.20(昭13)合併に伴ない北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.11.22(昭18)合併に伴ない三井船舶(株)(東京)に移籍
1944.11.25(昭19)サンフェルナンド沖(16.00N,120.00E)で空爆により沈没
第七萬榮丸 BANEI MARU NO.7 21535/NPVT→JOOB→JCVR 1,187G/T 650NHP/IHP 8/9kt
進水 1918.4(大7) 竣工 1918(大7) 新田汽船合資会社(西宮)
第七萬榮丸 BANEI MARU NO.7
1922(大11)共立汽船(株)(神戸)に売却
1938.5.20(昭13)合併に伴ない北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.11.22(昭18)合併に伴ない三井船舶(株)(東京)に移籍
1951.4.19(昭26)北海道上ノ国で海難、沈没
第八萬榮丸 BANYEI MARU No.8 22534/NVCL 1,180G/T 90NHP/635IHP 8/10kt
進水 1918.5(大7) 新田汽船合資会社(新居浜)
第八萬榮丸 BANYEI MARU No.8
1919(大8)岡崎汽船(株)(神戸)に売却(売却年不詳)
1934.2(昭9)日榮丸 NICHIEI MARU と改名
第九萬榮丸 BANYEI MARU No.9 22543/NVDC 1,180G/T 80NHP/635IHP 8/9kt
進水 1918.7(大7) 新田汽船合資会社(新居浜)
第九萬榮丸 BANYEI MARU No.9
第十萬榮丸 BANYEI MARU No.10 22550/NVDM 1,180G/T 80NHP/IHP 8/10kt
進水 1918.7(大7) 新田汽船合資会社(新居浜)
第十萬榮丸 BANYEI MARU No.10
19301930(昭5)平出商事(神戸)に売却、津軽丸 Tsugaru Maru と改名…昭和5年版明細書で確認
1936.2.20(昭11)(株)鶴丸商店(若松)に売却
第二朝日丸 ASAHI MARU NO.2 25940/RQMT→JPDB 1,322G/T 710NHP/IHP 8/9kt
進水 1919.6(大8) 竣工 1919(大8) 新田汽船合資会社(西宮)
第二朝日丸 ASAHI MARU NO.2
1922(大11)共立汽船(株)(神戸)に売却
1938.5.20(昭13)合併に伴ない北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.11.22(昭18)合併に伴ない三井船舶(株)(東京)に移籍
1944.8.13(昭19)香港沖(22.03N,114.44E)で空爆により沈没

八天山丸 HACHITENSAN MARU (1918)
貨物船 1,180G/T 2,040D/W 進水 1918.7(大7)
Lpp 67.06(220'-0") B 10.24(33'-7") D 5.64(18'-6") m 主機 R 3連成 730IHP 1基 8.1kt
新田造船所(大阪)建造 鶴丸廣太郎(若松)
八天山丸 HACHITENSAN MARU

第三神榮丸 SHINEI MARU No.3 (1918)
23825/RFST→JRHB 貨物船 958G/T 1,550D/W 進水 1918.8(大7) 竣工 1918(大7)
Lpp 59.74 B 9.60 D 5.49 m 主機 R 3連成 日之丸鐵工所(大阪) 540NHP/IHP 1基 8/8.5kt
新田造船所(大阪)建造 新田汽船合資会社(西宮)
第三神榮丸 SHINEI MARU No.3
1938.5.20(昭13)合併に伴ない北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.11.22(昭18)合併に伴ない三井船舶(株)(東京)に移籍
1944.5(昭19)西海汽船'(福岡)に売却
1948(昭23)昭和23年度日本船舶明細書に掲載

第三萬榮丸 BANEI MARU NO.3 (1919)
23861/RFVW→JQCB 貨物船 1,778G/T 進水 1919.1(大8) 竣工 1919(大8)
Lpp 80.77 B 10.97 D 6.32 m 主機 R 810NHP/IHP 8/9kt
新田造船所(大阪)建造 共立汽船株式会社(神戸)
第三萬榮丸 BANEI MARU NO.3
1938.5.20(昭13)合併に伴ない北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.11.22(昭18)合併に伴ない三井船舶(株)(東京)に移籍
1945.7(昭20)牡鹿半島門前沖で座礁、沈没

第十五萬榮丸 BANEI MARU NO.15 (1919)
25565/RPBM→JOCB→JLNH 貨物船 1,828G/T 2,860D/W 進水 1919.11(大8) 竣工 1919(大8)
Lpp 80.77(265'-0") B 10.97(36'-0") D 6.40(21'-0") m 主機 R 3連成 吉田鐵工所(大阪) 1,000IHP 1基 8/9kt
新田造船所(大阪)建造 新田汽船合資会社(西宮)
第十五萬榮丸 BANEI MARU NO.15
1922(大11)共立汽船(株)(神戸)に売却
1938.5.20(昭13)合併に伴ない北海道炭礦汽船(株)(東京)に移籍
1943.11.22(昭18)合併に伴ない三井船舶(株)(東京)に移籍
1951.9.22(昭26)北星海運(株)(東京)に売却
1955(昭30)小谷汽船(株)(大阪)に売却、同年12月に主機換装(ディ-ゼル1,200BHP)
1961(昭36)(株)徳島商会(大阪)に売却、竹徳丸と改名
1965.4(昭40)解体

春海丸 SHUNKAI MARU (1919)
23866/RFWH 汽船 1,579G/T 進水 1919.3(大8)
Lpp 73.15(240'-0") B 10.97(36'-0") D 6.32(20'-9") m 主機 R 3連成 1基
新田造船所(大阪)建造 昭和工船漁業株式会社(東京)
春海丸 SHUNKAI MARU

SNo.10 いーすたん てんぷる EASTERN TEMPLE (1920)

いーすたん てんぷる
いーすたん てんぷる Eastern Temple
貨物船 3,816G/T 5,540D/W 起工 1919.4.10(大8) 進水 1920.2.22(大9) 竣工 1920.6.26(大9)
Lpp 96.32(316'-00") B 13.92(45'-8") D 8.56(28'-1") m 主機 R 3連成 1,897IHP 10.5/10.845kt
新田造船所(大阪)建造 Sno.10 新田汽船合資会社(西宮)
いーすたん てんぷる EASTERN TEMPLE
1920.6.26(大9)試運転、出航
1920.7.31(大9)シアトル到着、同年8.8引渡し終了

萬代丸 BANDAI MARU (1921)

萬代丸
萬代丸 Bandai Maru

S.Kizu
本船を所有した共立汽船は旧第一銀行が第1次世界大戦後の不況のため新田汽船の船債整理を行ない、金融担保として取得した7隻の貨物船を運航させるために資本金50万円で大正11年(1922)7月に設立したが、同13年に北海道炭礦汽船に買収された。
28026/SGDK→JAQA 貨物船 4,147G/T 6,804D/W 竣工 1921.5(大10)
Lpp 103.63(340'-0") B 14.15(46'-5") D 11.66(32'-75") m 主機 R 3連成 藤村機械(株) 206NHP/1,842IHP 1基 9/12kt
新田造船所(大阪)建造 新田汽船合資会社(大阪)
萬代丸 BANDAI MARU
1922(大11)共立汽船(株)(東京)に売却
1924(大13)北海道炭礦汽船(株)(大阪)に売却
1940.8.1(昭15)東洋汽船(株)(東京)に売却、節洋丸 SETSUYO MARU と改名(「北海道炭礦汽船七十年史」では昭15.7.18 に東洋汽船(株)に売却したとある)
1942.10.4(昭17)尻屋崎沖(39.48N,142.08E)で米潜GREENLING(SS-213)の雷撃により沈没

大阪窯業株式会社造船部

第二利洋丸 RIYO MARU No.2 (1918)
22579/NVGF 貨物船 994G/T 1,650D/W 進水 1918.4(大7)
Lpp 57.91(190'-0") B 9.75(32'-0") D 5.64(18'-6") m 主機 R 3連成 伏田鐵工所(大阪) 70NHP/655IHP 1基 9/10kt
大阪窯業株式会社造船部(大阪)建造 建造者不詳
第二利洋丸 RIYO MARU No.2
1918.4(大7)川口昌三船舶部(西宮)の所有

第一大信丸型 2隻 TAISHIN MARU No.1 Class (1918)

第一大信丸
第一大信丸 Taishin Maru No.1

のちに甲南汽船(神戸)の所有となり戦後も活躍。
昭和21・22年度船舶明細書にはTAISHIN MARU No.1とある
大阪窯業株式会社の造船部が建造した小型の貨物船。主機、主罐(第一大信丸)の製造者は大阪市の廣谷製鋼所というメーカーである。
貨物船 Lpp 69.49(228'-0") B 10.06(33'-0") D 5.61(18'-5") m 主機 R 3連成 廣谷製鋼所 1基
大阪窯業株式会社造船部(大阪)建造
第一大信丸 TAISHIN MARU No.1 23562/RDPH 1,307G/T 2,050D/W 81NHP/700IHP 8/9.5kt
進水 1918.7(大7) 大信汽船株式会社(尼崎)
第一大信丸 TAISHIN MARU No.1
1918(大7)大阪汽船信託(株)(尼崎)に売却
第二大信丸 DAISHIN MARU No.2 24060→62897/JRFE→JRDX 1,370G/T 2,150D/W 90NHP/970IHP 8.5/10kt
起工 1918(大7) 進水 1918.10(大7) 大信汽船株式会社(尼崎)
第二大信丸 DAISHIN MARU No.2
1918(大7)大阪汽船信託(株)(尼崎)に売却
1935.3.26(昭10)鶴丸廣太郎(尼崎)に売却、金立山丸 KINRYUZAN MARU と改名
1945.5.24(昭20)六島灯台の3浬沖で触雷のため沈没
1948.7.28(昭23)船舶公団により引揚げ
1949.1.23(昭24)修復、改造。鶴丸汽船(株)(若松)へ移籍
1957.8(昭32)尾道造船(広島)で船体引伸(Loa 82.31m、1,691.87G/T,、2,490D/W)、主機換装工事(D 伊藤鐵工所 M436S 1,300PS 1基、10/12.5kt)
1965.9(昭40)売却
第二大信丸
金立山丸 Kinryuzan Maru

第三大信丸 DAISHIN MARU No.3 (1919)
建造所は推定
25443/RNLD 貨物船 2,179G/T 進水 1919.3(大8) 竣工 1919(大8)
Lpp 81.84(268'-6") B 12.19(40'-0") D 7.06(23'-2") m 主機 R 3連成 1基
大阪窯業株式会社造船部(大阪)建造 大阪窯業株式会社(尼崎)
第三大信丸 DAISHIN MARU No.3
1924(大13)阿部濱崎(株)(鳥取・末恒→神戸)に売却
1929(昭4)同所有者

引本造船所

幸丸 SACHI MARU (1943)
竣工 1943.12(昭18)
引本造船所(尾鷲)建造 極洋捕鯨株式会社
幸丸 SACHI MARU 50トン型捕鯨船

福丸 FUKU MARU (1944)
竣工 1944.6(昭19)
引本造船所(尾鷲)建造 極洋捕鯨株式会社
福丸 FUKU MARU 50トン型捕鯨船

石川島播磨重工業株式会社東京第二工場

SNo.801 富悠丸 FUYU MARU (1961)

富悠丸
富悠丸 Fuyu Maru
87493/JQSH 鉱石専用船 13,986G/T 21,619D/W
起工 1960.8(昭35) 進水 1961.1(昭36) 竣工 1961.3.31(昭36)
Lpp 164.00 B 22.80 D 12.40 m 主機 D 三菱横浜M.A.N. K7Z70/120C 7,000PS 13.5/15.707kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.801 日本郵船株式会社(東京)
富悠丸 FUYU MARU
1969(昭44)Newman Shipping Co. S. A.,Panamaに売却、NEWMANと改名
1979(昭54)Young Jin Shipping So. Tld.,South Koreaに移籍
1984.5.3(昭59)解体のため仁川に到着

SNo.824 若狭丸 (2) WAKASA MARU (1962)

若狭丸
若狭丸 Wakasa Maru
89947/JRTA 重量物運搬船 7,471G/T 10,051D/W
起工 1961.10.24(昭36) 進水 1962.3.20(昭37) 竣工 1962.6.9(昭37)
Lpp 122.90 B 19.00 D 11.00 m 主機 D IHI Sulzer 6SAD72 5,500PS 1基 14/17kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.824 日本郵船株式会社(東京)
若狭丸 WAKASA MARU 200tヘビーデリック x 1
1978(昭53)Korea Marine Transport,に売却、KOREAN DIAMONDと改名
1979(昭54)Victoria Shipping & Trading Co. S.A.,Greeceに売却、GOLIATHと改名
1980(昭55)Naviera Amazonica Peruana S.A,Peruに売却、YACU WASIと改名
1989.4.30(平1)MataraniからAomoriに向け航行中、38.31N, 153.44Eで浸水
1989.7.31(平1)解体のため中国の解体業者に売却、中国の上海に到着

SNo.836 宝瑞丸 HOZUI MARU (1962)

宝瑞丸
宝瑞丸 Hozui Maru

S.Kizu
91652/JDJX 貨物船 8,202G/T 11,384D/W
起工 1962.3.5(昭37) 進水 1962.6.29(昭37) 竣工 1962.9.11(昭37)
Lpp 130.00 B 19.00 D 11.80 m 主機 D 石川島播磨 6RD68 6,600PS 1基 14.4/17.8kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.836 八馬汽船株式会社(西宮)
宝瑞丸 HOZUI MARU 17次
1962(昭37)日本郵船(株)(東京)と共有
1975.4(昭50)Sunny Hurst Shipping Corp.,Liberiaに売却、GOLCONDAと改名
1978(昭53)Char Lo Marine S. A.,Panamaに売却、CHAR LOと改名
1982(昭57)高雄で解体

SNo.818 大和丸 DAIWA MARU (1962)

大和丸
大和丸 Daiwa Maru
89238/JCNK 貨物船 9,353G/T 13,435D/W
起工 1961.8.15(昭36) 進水 1961.10.7(昭36) 竣工 1962.10.31(昭37)
Lpp 145.00 B 19.60 D 12.10 m 主機 D 9,000BHP 1基 17.4/19.6kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.818 日東商船株式会社(東京)
大和丸 DAIWA MARU
1964.4.1(昭39)合併に伴いジャパンライン(株)(東京)に移籍
1983(昭58)Philippine President Line Inc.,Philippineに売却、PRESIDENT QUIRINOと改名
1985(昭60)高雄で解体

高風丸 KOFU MARU (1963)

高風丸
高風丸 Kofu Maru
90388/8JNZ 気象観測船 345G/T 起工 1962.8.20(昭37) 進水 1962.11.30(昭37) 竣工 1963.3.15(昭38)
Lpp 42.50 B 7.70 D 3.80 m 主機 D 富士ディーゼル 650PS 1基 10/12kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 運輸省気象庁(函館)
高風丸 KOFU MARU 航続力9000哩 研究室1(24.0u)
1963.11(昭38)函館海洋気象台所属
1990(平2)Popular Equities Sen. Ber.,Malaysiaに売却、POPULAR No.2と改名
2006.3(平18)ボルネオのコタキナバルのガヤ島沖に主機故障のため2003年頃から係船中[提供情報]

はやぶさ HAYABUSA (1964)

はやぶさ
はやぶさ Hayabusa
FRP消防艇 3G/T 進水 1964(昭39)
Loa 8.00 B 1.50 D 1.15 m 主機 W ウォータージェット 240PS 2基 33.5kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 東京消防庁(東京)
はやぶさ HAYABUSA

清風丸 SEIFU MARU (1964)

清風丸
清風丸 Seifu Maru
79380/JPVB 気象観測船 355G/T 起工 1963.7.16(昭38) 進水 1963.11.12(昭38) 竣工 1964.3.17(昭39)
Lpp 44.00 B 7.80 D 3.80 m 主機 D 冨士ディーゼル6SD30H 650PS 1基 10/11.96kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 運輸省気象庁(舞鶴)
清風丸 SEIFU MARU
1964.4(昭39)舞鶴海洋気象台所属

第二亞細亞丸型 2隻 ASIA MARU No.2 Class (1964)

第二亞細亞丸
第二亞細亞丸 Asia Maru No.2
日東商船が亜細亜石油向けに第19次計画造船で建造した66,000重量トン級の大型油槽船。進水日翌日にジャパンラインが発足し同社に引き継がれた。同型船海栄丸は東京タンカー向けに建造された。
油槽船 Lpp 230.00 B 25.30 D 18.00 m 主機 D Sulzer & Brothers 8RD90 1基
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 ジャパンライン株式会社(東京)
Sno.872 第二亞細亞丸 ASIA MARU No.2 95591/JRLX 43,411G/T 65,499D/W 17,600PS 15.2/16.4kt
起工 1964.2.7(昭39) 進水 1964.3.30(昭39) 竣工 1964.8.28(昭39) 第二亞細亞丸 ASIA MARU No.2 19次
1964.4.1(昭39)ジャパンライン(株)(東京)に移籍
1973.6.15(昭48)Sagittarrius Tankers Ltd.,Liberiaに売却、FAIRFIELD COPAと改名
1979(昭54)FAIRFIELD ARCHERと改名
1981(昭56)Yosanas Shipping Co. Ltd.,Liberiaに売却、CORALIと改名
1983(昭58)解体のため売却。同年、中国のPakhoiで解体
Sno.893 海栄丸 KAIEI MARU 96124/JNOU 43,343G/T 66,889D/W 17,600PS 15.2/16.4kt
起工 1964.6.19(昭39) 進水 1964.9.26(昭39) 竣工 1964.12.23(昭39) 海栄丸 KAIEI MARU 20次
1975(昭50)Hillside Shipping Ltd.,Liberiaに売却、PROTEAと改名
1976(昭51)Magaron Shipping Ltd.,Liberiaに売却、RIDGEWAYと改名
1978(昭53)解体のため売却。台湾の高雄で解体
海栄丸
海栄丸 Kaiei Maru

SNo.894 広道丸 KODO MARU (1965)

広道丸
広道丸 Kodo Maru
96131/JNRT 木材運搬船 10,212G/T 15,658D/W
起工 1964.6.19(昭39) 進水 1964.9.2(昭39) 竣工 1965.1.27(昭40)
Lpp 140.00 B 21.80 D 12.00 m 主機 D 宇部興産 7,600PS 1基 14.2/17.5kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.894 ジャパンライン株式会社(東京)
広道丸 KODO MARU
1965.1.27(昭40)廣海汽船(株)(大阪)と共有
1978(昭53)Dalmia Maritime Inc.,Liberiaに売却、AL TABEEBと改名
1984(昭59)解体のため売却、パキスタンのKarachiで解体

SNo.898 立栄丸 RITSUEI MARU (1965)
97096/JEWK 油槽船 45,966G/T 76,505D/W
起工 1964.12(昭39) 進水 1965.3(昭40) 竣工 1965.5.29(昭40)
Lpp 230.00 B 35.30 D 19.50 m 主機 D IHI Sulzer 9RD90 20,700PS 1基 15.6/17.1kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.898 共栄タンカー株式会社(東京)
立栄丸 RITSUEI MARU 20次

SNo.902 ぼりばあ丸 BOLIVAR MARU (1965)

ぼりばあ丸
ぼりばあ丸 Bolivar Maru
ジャパンライン発足後、最初に建造された 54,000重量トン級の撒積貨物船。サンファン・キャリヤーズ社の長期用船契約に基づき日本/米大西洋岸(パナマ経由)および日本/ペルー間に就航し、主として鉱石、石炭の運搬に従事した。 昭和44年1月、野島崎沖で大時化に遭遇して沈没、救助に向かった川崎汽船の健島丸が2名の乗員を救出したが31名が行方不明となった。
98326/JIGV 撒積貨物船 33,814G/T 54,342D/W
起工 1964.12.24(昭39) 進水 1965.5.12(昭40) 竣工 1965.9.13(昭40)
Lpp 213.00 B 31.70 D 17.30 m 主機 D IHI Sulzer 6RD90 15,000PS 1基 14.8/15.8kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.902 ジャパンライン株式会社(東京)
ぼりばあ丸 BOLIVAR MARU 20次
1969.1.5(昭44)荒天のため野島崎沖280浬(33.00N,144.36E)で船体折損、沈没

SNo.904 ジャパン ローズ JAPAN ROSE (1965)

ジャパン ローズ
ジャパン ローズ Japan Rose
ジャパンラインが第21次計画造船から整備を開始した70,000重量トン級の大型油槽船の第1船。
98345/JPEW 油槽船 51,596G/T 69,771D/W
起工 1965.4.12(昭40) 進水 1965.7.28(昭40) 竣工 1965.10.16(昭40)
Lpp 230.00 B 35.30 D 18.00 m 主機 D IHI Sulzer 8RD90 18,400PS 1基 15.3/16.57kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.904 ジャパンライン株式会社(東京)
ジャパン ローズ JAPAN ROSE 21次
1972(昭47)Columbus Shipping Co. S. A.,Panamaに売却、STRAITS ROSEと改名
1980(昭55)Riptide Ltd.,Greeceに売却、TRINITYと改名
1983(昭58)解体のため売却、台湾の高雄で解体

SNo.905 富永丸 FUEI MARU (1965)

富永丸
富永丸 Fuei Maru
98365/JPLH 鉱石専用船 35,289G/T 56,684D/W
起工 1965.5.18(昭40) 進水 1965.9.30(昭40) 竣工 1965.12.26(昭40)
Lpp 213.00 B 31.70 D 17.60 m 主機 D 6RD90 15,000BHP 1基 14.9/17.8kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.905 新和海運株式会社(東京)
富永丸 FUEI MARU 20次
1979.6.19(昭54)Marifran S.A.,Buenos Aires に売却、PEDRO Sと改名
1991(平3)Marifran Internacional S.A.,Panamaに移籍
1995(平7)Lloyd's Register 1995-1996年版に掲載

SNo.922 富岳丸 FUGAKU MARU (1966)

富岳丸
富岳丸 Fugaku Maru
98397/JFFM 鉱石専用船 35,562G/T 59,486D/W
起工 1965.8.14(昭40) 進水 1965.11.22(昭40) 竣工 1966.2.3(昭41)
Lpp 213.00 B 31.70 D 17.60 m 主機 D IHI Sulzer 6RD90 15,000PS 1基 14.9/16.95kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.922 日本郵船株式会社(東京)
富岳丸 FUGAKU MARU 21次
1977(昭52)Canada S. S. Lines Ltd.,Canadaに売却、FERBECと改名
1978(昭53)Power Corp. Of Canada Ltd.,Canadaに移籍
2005(平17)Sea Maritime Corp. Mongolia(Nabeel Shipmanagement Ltd.)に売却、MICHALAKISと改名。同年3.24、解体のためインドの解体業者に売却、Alangに到着

SNo.235 第三ブリヂストン丸 BRIDGESTONE MARU No.3 (1966)

第三ブリヂストン丸
第三ブリヂストン丸 Bridgestone Maru No.3
98342/JILR LPG船 25,977G/T 32,707D/W
起工 1965.7.7(昭40) 進水 1965.12.25(昭40) 竣工 1966.5.14(昭41)
Lpp 130.00 B 19.20 D 11.50 m 主機 D IHI Sulzer 7RD76 11,200PS 1基 15.07/17.27kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.235
ジャパンライン株式会社(東京) 第三ブリヂストン丸 BRIDGESTONE MARU No.3 21次
1980(昭55)Trans-Offshore Inc.,Panamaに売却、RIBAGORCAと改名
1989(平1)Oasis Shipping Corp.,Panamaに売却、GAZ SUPPLIERと改名
1993.6.15(平5)解体のためインドの解体業者に売却、Alangに到着

SNo.913 おうすとらりあ丸 AUSTRALIA MARU (1966)

おうすとらりあ丸
おうすとらりあ丸 Australia Maru

S.Kizu
100090/JGZB 鉱石専用船 43,190G/T
起工 1965.12.21(昭40) 進水 1966.5.18(昭41) 竣工 1966.7.25(昭41)
Lpp 225.00 B 35.30 D 18.00 m 主機 D IHI Sulzer 7RD90 16,100PS 1基 15/17.62kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.913 第一中央汽船株式会社(東京)
おうすとらりあ丸 AUSTRALIA MARU 21次
1977.7.20(昭52)Cobalt Sea Transport S. A.(Panama)に売却、OCEAN SYMPHONYと改名
1979(昭54)Garett Shipping Inc.(Panama)に売却、ROXANAと改名
1983(昭58)解体のためChina Dismantled Vessels Tranding Corp.(台湾)へ売却
1983.6.23(昭58)The Great Honor Steel Iron Works Co.Ltd(台湾・高雄)で解体

SNo.1929 凌風丸 (2) RYOFU MARU (1966)

凌風丸
凌風丸 Ryofu Maru
100095/JGZK 気象観測船 1,598G/T 起工 1965.11.2(昭40) 進水 1966.5.17(昭41) 竣工 1966.8.16(昭41)
Lpp 72.00 B 12.00 D 6.60 m 主機 D IHI SEMT Pielstick 8PC2L 3,260PS 1基 16.1/16.4kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.1929 運輸省気象庁(東京)
凌風丸 RYOFU MARU 観測員 40名

SNo.923 神和丸 (1) SHINWA MARU (1966)

神和丸
神和丸 Shinwa Maru
100782/JMRS 鉱石専用船 37,222G/T 57,124D/W
起工 1965.12.25(昭40) 進水 1966.7.7(昭41) 竣工 1966.9.20(昭41)
Lpp 213.00 B 32.80 D 17.90 m 主機 D IHI Sulzer 6RD90 15,000PS 1基 14.7/17kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.923 新和海運株式会社(東京)
神和丸 SHINWA MARU 21次
1983.7.20(昭58)解体のため、多度津で売却

拓洋丸 TAKUYO MARU (1966)
撒積専用船 33,852G/T 54,707D/W 起工 1966.4.5(昭41) 進水 1966.9.5(昭41) 竣工 1966.11.1(昭41)
15,000HP
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 太平洋海運株式会社
拓洋丸 TAKUYO MARU 22次

SNo.1974 千早川丸 CHIHAYAGAWA MARU (1967)

千早川丸
千早川丸 Chihayagawa Maru
99934/JIHE 鉱石/油兼用船 44,222G/T 74,040D/W
起工 1966.12.3(昭41) 進水 1967.4.10(昭42) 竣工 1967.6.30(昭42)
Lpp 225.00 B 35.30 D 19.00 m 主機 D 石播相生Sulzer 18,400PS 1基 15/16.7kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.1974 川崎汽船株式会社(神戸)
千早川丸 CHIHAYAGAWA MARU 22次
1973.11.6(昭48)Southmaris Corp.,Greeceに売却、ELLORAと改名
1984(昭59)Waterstand Marine Ltd.,Cyprusに売却、OREMARと改名
1985.9.6(昭60)解体のため売却、韓国の蔚山に到着

SNo.2012 ちぐりす丸 TIGRIS MARU (1967)

ちぐりす丸
ちぐりす丸 Tigris Maru
101999/JMHI 貨物船 7,813G/T 10,846D/W
起工 1967.1.25(昭42) 進水 1967.6.5(昭42) 竣工 1967.9.4(昭42)
Lpp 125.00 B 20.20 D 11.20 m 主機 D 石播相生Sulzer 6RD60 7,200PS 1基 15.4/18.08kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.2012 大阪商船三井船舶株式会社(東京)
ちぐりす丸 TIGRIS MARU 22次
1979.10.15(昭54)Panama Transworld Leasing S.A.,Panamaに売却、VANRIと改名
1983(昭58)Shallow Pool Shipping Co. Ltd.,Cyprusに売却、TANと改名
1985(昭60)Rossport Lines Co. Ltd.,Cyprusに移籍
1986(昭61)解体のため売却、台湾の高雄で解体

SNo.1975 どーばー丸 DOVER MARU (1967)

どーばー丸
どーばー丸 Dover Maru
101998/JMGV 石炭/油兼用船 38,916G/T 59,863D/W
起工 1967.2.20(昭42) 進水 1967.6.19(昭42) 竣工 1967.9.25(昭42)
Lpp 222.00 B 31.70 D 19.40 m 主機 D 18,400BHP 15.7/16.756kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.1975 大阪商船三井船舶株式会社(東京)
どーばー丸 DOVER MARU 22次
1977.12.12(昭52)Trade Ambasador Line Inc.,Greeceに売却、PERICLES G.C.と改名
1983.12.9(昭58)Umm SaidからAdenに向け航行中、Dohaの200マイル沖(25.30N, 52.04E)でエンジン室から出火、全損

SNo.2006 じぶらるたる丸 GIBRALTAR MARU (1968)

じぶらるたる丸
じぶらるたる丸 Gibraltar Maru

S.Kizu
104705/JPTL 重量物運搬船 8,646G/T
起工 1968.5.1(昭43) 進水 1968.7.15(昭43) 竣工 1968.10.21(昭43)
Lpp 128.00 B 20.50 D 11.50 m 主機 D Sulzer & Brothers 6RD68 7,200BHP 1基 15/18.2kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.2006 まぜらん丸型 川崎汽船株式会社(神戸)
じぶらるたる丸 GIBRALTAR MARU 24次
1981.9.28(昭56)Welborn Navigation S. A.(Panama)に売却、GLORYと改名
1983(昭58)Statland Marine Co. Ltd.(Cyprus)に売却、CITY OF CAMMERAYと改名
1988(昭63)Hampstead Shipping Co. Ltd.(Cyprus)に売却、CHRISTELと改名
1990.5.6(平2)解体のため売却、インドのAlangに到着

SNo.2147 啓風丸 KEIFU MARU (1969)

啓風丸
啓風丸 Keifu Maru

1982.4 東京港 - T.Ueno
107163/JBOA 気象観測船 1,795G/T
起工 1969.1.23(昭44) 進水 1969.8.29(昭44) 竣工 1969.12.16(昭44)
Lpp 72.00 B 12.60 D 6.50 m 主機 D 赤阪鉄工 K-D6SS 4,800PS 2基 14kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.2147 運輸省気象庁(東京)
啓風丸 KEIFU MARU
2001(平13)Tokyo Gospel Society,Hondurasに売却、KAZE MARUと改名
2001(平13)ボリビア船籍に売却、HANNAH 2と改名

むつ MUTSU (1970)

むつ
むつ Mutsu
114714/JNSR 貨物船 8,350G/T 2,953D/W
起工 1968.11.27(昭43) 進水 1969.6.12(昭44) 竣工 1970.7.13(昭45)
Lpp 116.00 B 19.00 D 13.20 m 主機 T 石播東京 2段減速 9,000/10,000PS 1基 16.5/17kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 日本原子力船開発事業団(むつ)
むつ MUTSU 引渡しがS45.7.13 竣工はS47.1
1974(昭49)係船
1997(平9)海洋地球研究船に改造、8,687GT、3,567DW 16.00/18.40kt。(独)海洋研究開発機構(むつ)に移籍、みらい Mirai と改名。主機 D ダイハツ 6DKM-28x4 10,000PS

春風丸 (3) SHUNPU MARU (1974)
115943/JFDG 気象観測船 373G/T 進水 1974.1(昭49) 竣工 1974.3(昭49)
Lpp 44.00 B 7.80 D 3.90 m 主機 D 750HP 11kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 運輸省気象庁(東京)
春風丸 SHUNPU MARU
2001.7(平13)日本の解体業者へ売却
2004.10(平16)Transyacht Pacific Co Ltd.,Cook Islandsからニュージーランドの解体業者に売却

SNo.2714 つがる PL02 TSUGARU (1979)

つがる PL02
つがる PL02 Tsugaru
121644/JQUI 巡視船:ヘリ1機搭載型 3,218G/T
起工 1978.4.18(昭53) 進水 1978.12.6(昭53) 竣工 1979.4.17(昭54)
Lpp 97.23 B 14.60 D 8.00 m 主機 D 石川島播磨12PC2-5V 15,600BHP 2基 22.7/23kt
石川島播磨重工業株式会社東京第二工場(東京)建造 Sno.2714 つがる PL02型 運輸省海上保安庁(東京)
つがる PL02 TSUGARU 武器:40mm機関砲x1,20mm機銃x1

清風丸 SEIFU MARU (1993)
海洋気象観測船 430G/T 起工 1992.4.6(平4) 進水 1992.8.11(平4) 竣工 1993.1.22(平5)
Lpp 50.00 B 9.80 D 4.30 m 1,530/1,800PS 1基 11.5/15.01kt
石川島播磨重工業株式会社東京第一工場(東京)建造 運輸省気象庁
清風丸 SEIFU MARU

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