船歴 本邦建造船83 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る

内海造船株式会社瀬戸田工場

ましう型 2隻 MASHU Class (1973 - 1975)

ましう
ましう Mashu
フェリー Lpp 155.00 B 24.00 D 14.70 m 内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造
1. Sno.254 ましう MASHU 114583/JANC 8,783G/T 3,159D/W
主機 D 日立B&W 16U45HU 9,400PS 2基 21.4/24.47kt
起工 1972.12.15(昭47) 進水 1973.4.3(昭48) 竣工 1973.6.30(昭48) 近海郵船株式会社(東京)
ましう MASHU 船客 452 ト 95 普 80
2. Sno.255 さろま SAROMA 117742/JNDH 8,884G/T 3,831D/W
主機 D 三菱横浜M.A.N. V9V40/54 9,850PS 1基 21/24.98kt
起工 1975.3.5(昭50) 進水 1975.7.11(昭50) 竣工 1975.11.14(昭50) 日本郵船株式会社(東京)
さろま SAROMA ト111 普35 船客 445
1975.11(昭50)近海郵船(株)(東京)と共有
1990.6(平2)カメリアライン(福岡)に傭船、かめりあと改名
1990.12(平2)博多/釜山航路に就航
2004(平16)Rio Grande Shipping Overseas Corp. S. A., Panamaに売却、SUBIC BAY 1と改名
2007(平19)Lloyd's Register 2007-2008年版に掲載
東京/釧路港路 

べが型 2隻 VEGA Class (1973 - 1974)

べが
べが Vega

1984.9.23 仙台港 - T.Ueno
カーフェリー Lpp 127.00 B 22.40 D 12.80 m 主機 D 日本鋼管 16PC2-5V 2基
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 新東日本フェリー株式会社(苫小牧)
1. Sno.379 べが VEGA 113222/JKTJ 6,702G/T 2,286D/W 8,020/9,450PS 21.5/23.77kt
起工 1973.4.17(昭48) 進水 1973.8.31(昭48) 竣工 1973.12.1(昭48) べが VEGA 船客 特等 4 1等 144 2等 512 ト 75 普 60
1977.12.23(昭52)東日本フェリー(株)(函館)に移籍
2. Sno.380 びるご VIRGO 113224/8KPV 6,709G/T 2,267D/W 8,020/9,450PS 21.5/23.63kt
起工 1973.8.31(昭48) 進水 1973.12.25(昭48) 竣工 1974.4.15(昭49) びるご VIRGO 船客 712 ト 75 普 60
1974.4.21(昭49)苫小牧/仙台航路に就航
1977.12.23(昭52)東日本フェリー(株)(函館)に移籍
びるご
びるご Virgo

1984.9.24 仙台港 - T.Ueno

SNo.252 美々津丸 MIMITSU MARU (1974)

美々津丸
美々津丸 Mimitsu Maru

1981.12.10 日向 - K.Sato
116178/JBCA カーフェリー 9,551G/T 2,554D/W
起工 1973.5.22(昭48) 進水 1973.11.12(昭48) 竣工 1974.2.15(昭49)
Lpp 148.00 B 21.50 D 13.60 m 主機 D 三菱重工 M.A.N. V9V52/55 18,000PS 2基 25.6/27.73kt
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 Sno.252 高千穂丸型 日本カー・フェリー株式会社(東京)
美々津丸 MIMITSU MARU 船客 特等60 1等)214 2等)704 ト)40 普)111
1974.3.1(昭49)京浜航路(川崎/日向)に就航
1997(平9)Negros Nav. Co. Inc.(Philippines)に売却、MARY QUEEN OF PEACEと改名
2008(平20)DA FAと改名

SNo.385 讃岐丸 (2) SANUKI MARU (1974)

讃岐丸
讃岐丸 Sanuki Maru

1981.9.19 高松港
116315/JG3385 客載車輌渡船 3,087G/T
起工 1973.10.4(昭48) 進水 1974.3.23(昭49) 竣工 1974.6.28(昭49)
Lpp 84.00 B 15.80 D 5.45 m 主機 D ダイハツ 6DSM26 5,369PS 2基 15.25/16.87kt
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 Sno.385 伊予丸型 日本国有鉄道(東京)
讃岐丸 SANUKI MARU

鶴見 TSURUMI (1974)
115378/JK3699 フェリー 1,933G/T 770D/W 起工 1974.2(昭49) 進水 1974.6(昭49) 竣工 1974.9(昭49)
Lpp 75.00 B 15.50 D 5.20 m 主機 D ダイハツ 8DSM26 3,200PS 2基 17/19.19kt
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 建造者不詳
鶴見 TSURUMI 船客 610 ト)14 普)12
1974.9(昭49)船舶整備公団(東京)と共有
1976(昭51)日本カーフェリー(東京)に売却、ふたば FUTABA と改名

いしかり型 2隻 ISHIKARI Class (1974 - 1975)

いしかり
いしかり Ishikari

1984.9.24 仙台港 - T.Ueno
カーフェリー Lpp 162.00 B 24.00 D 14.85 m 主機 D 三菱横浜M.A.N. V7V52/55 2基
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 太平洋沿海フェリー株式会社(名古屋)
1. Sno.387 いしかり ISHIKARI 116536/8JPB 11,880G/T 4,027D/W 13,790PS 23/26.06kt
起工 1974.4.3(昭49) 進水 1974.9.19(昭49) 竣工 1974.12.23(昭49) いしかり ISHIKARI 船客 905
2. Sno.388 だいせつ DAISETSU 116539/7KMW 11,879G/T 4,021D/W 11,720/13,790PS 23/26.217kt
起工 1974.9.20(昭49) 進水 1975.3.28(昭50) 竣工 1975.6.20(昭50) だいせつ DAISETSU 船客 905
だいせつ
だいせつ Daisetsu

1984.9.24 仙台港 - T.Ueno

SNo.447 べら VELA (1979)
カーフェリー 3,664G/T 1,845D/W 起工 1979.4.5(昭54) 進水 1979.7.11(昭54) 竣工 1979.9.27(昭54)
Lpp 110.00 B 17.80 D 6.60 m 主機 D NKK SEMT Pielstick 14PC2-2V 5,950/7,000PS 2基 20/22.572kt
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 Sno.447 東日本フェリー株式会社(函館)
べら VELA 船客 500 ト 72 普 24

SNo.508 かめりあ丸 CAMEELLIA MARU (1986)

かめりあ丸
かめりあ丸 Cameellia Maru

1987.6.21 横浜港
128872/JG4619 貨客船 3,751G/T 1,013D/W
起工 1985.9.10(昭60) 進水 1986.1.13(昭61) 竣工 1986.3.25(昭61)
Lpp 92.00 B 15.00 D 6.20 m 主機 D 神戸発動機 6UEC37LA 6,120/7,200PS 2基 17.2/19.425kt
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 Sno.508 東海汽船株式会社(東京)
かめりあ丸 CAMEELLIA MARU 船客 特等A 8 B 40 1等)351 2等)578
1986.3.25(昭61)船舶整備公団(東京)と共有
1986(昭61)東京/伊豆七島航路、東京/三宅島に就航
2004(平16)改装
2013(平25)在籍。東京/大島/神津島航路に就航

SNo.675 第二勇新丸 YUSHIN MARU No.2 (2002)

第二勇新丸
第二勇新丸 Yushin Maru No.2

2005.4.23 新港埠頭
南氷洋鯨類捕獲調査船団一般公開時
137139/JPPV 捕鯨船 747G/T 起工 2002.3.6(平14) 進水 2002.6.11(平14) 竣工 2002.9.30(平14)
Lpp 62.50 B 10.80 D 5.28 m 主機 D 阪神内燃機工業MB6W6L35MC 5,280PS 17/18.85kt
内海造船株式会社瀬戸田工場(広島)建造 Sno.675 共同船舶株式会社(東京)
第二勇新丸 YUSHIN MARU No.2

本田造船株式会社

慶洋丸 KEIYO MARU (1962)
貨物船 194G/T 276D/W 起工 1962.1(昭37) 進水 1962.4(昭37) 竣工 1962.4(昭37)
Lpp 31.00 B 6.40 D 3.00 m 主機 D 柳原鉄工所6YF29 360BHP 1基 9.5/10.5kt
本田造船株式会社(佐伯)建造 慶洋海運株式会社(那覇)
慶洋丸 KEIYO MARU

合資会社信貴造船工場

宗像丸 MUNAKATA MARU (1918)

宗像丸
宗像丸 Munakata Maru
22669/NVPM→JSPB→JKHC 貨客船 981G/T 進水 1918.2(大7) 竣工 1918.6.14(大7)
Lpp 60.96 B 9.75 D 5.49 m 主機 R 3連成 70NHP/586IHP 1基 7.5/10.5kt
合資会社信貴造船工場(堺)建造 北日本汽船株式会社(小樽)
宗像丸 MUNAKATA MARU SCAJAP No.M046
1943.11.16(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍
1950.12.23(昭25)運輸省に売却、解体

新堂造船所

箱崎丸 HAKOZAKI MARU (1918)
23837/RFTN 貨物船 973G/T 進水 1918.8(大7) 竣工 1918.10.28(大7)
Lpp 57.91(190'-0") B 9.45(31'-0") D 5.64(18'-6") m 主機 R 3連成 1基 10.5kt
新堂造船所(大阪)建造 北日本汽船株式会社(尼崎)
箱崎丸 HAKOZAKI MARU
1921.3.21(大10)樺太海馬島北の瀬で吹雪のため座礁、全損

備後船渠株式会社

富岡丸 TOMIOKA MARU (1917)
20126/NGST 貨物船 965G/T 1,424D/W 進水 1917.3(大6)
Lpp 61.57(202.0') B 9.45(31.0') D 5.64(18.5') m 主機 R 3連成 備後船渠 81NHP/650IHP 1基 9/10kt
備後船渠株式会社(広島)建造 藤山海運株式会社(小樽)
富岡丸 TOMIOKA MARU

鹿山丸 ROKUSAN MARU (1918)

鹿山丸
鹿山丸 Rokusan Maru
21825/NRDH→JQFE 貨物船 1,059G/T 進水 1917.12(大6) 竣工 1918(大7)
Lpp 63.40 B 9.45 D 5.61 m 主機 R 3連成 650IHP 1基 8/10.5kt
備後船渠株式会社(広島)建造 野口汽船株式会社(瀬戸田)
鹿山丸 ROKUSAN MARU
1923.3.2(大12)川崎汽船(株)(神戸)に売却
1923.10.7(大12)神戸港発、阪神/芝浦航路に就航
1924.11(大13)神戸港発、阪神/北鮮航路に就航
1936.3.18(昭11)鶴丸商店(神戸)に売却
1945.7.27(昭20)朝鮮南東岸、方魚津沖で空爆により沈没

彦島丸 HIKOSHIMA MARU (1918)

彦島丸
彦島丸 Hikoshima Maru
22808/NWFS→JLGE 貨物船 951G/T 進水 1918.6(大7) 竣工 1918(大7)
Lpp 63.40 B 9.45 D 5.61 m 主機 R 3連成 700IHP 1基 8/10kt
備後船渠株式会社(広島)建造 門司商船(門司)
彦島丸 HIKOSHIMA MARU
1927.5.16(昭2)飯野汽船(株)(京都・府中)に売却
1941.3.13(昭16)合併により飯野海運産業(株)(東舞鶴)に移籍
1943.10.16(昭18)海軍に徴傭
1944.1.1(昭19)特設運送船(雑用船)に入籍。同年4月1日、飯野海運(舞鶴)と社名変更。同年6月18日、海軍徴傭船として行動中、ガルアングル環礁パラオ北方(6.30N,134.30E)で潜水艦の攻撃と空爆により沈没

江崎丸 YESAKI MARU (1918)
25495/RNQM 貨物船 4,372G/T 起工 1918(大7) 進水 1918.8(大7) 竣工 1918(大7)
Lpp 105.16 B 14.94 D 8.59 m 主機 R 3連成 225NHP/2,731IHP 8/9kt
備後船渠株式会社(広島)建造 國際汽船株式会社(神戸)
江崎丸 YESAKI MARU
1929.9.21(昭4)樺太西海岸諸津沖で座礁

海和丸 KAIWA MARU (1918)

海和丸
海和丸 Kaiwa Maru
23502/RDKC 貨客船 1,046G/T 起工 1918(大7) 進水 1918.7.8(大7)
Lpp 63.40 B 9.55 D 5.61 m 主機 R 3連成 81NHP/719IHP 1基 9/11kt
備後船渠株式会社(広島)建造 日本海事工業株式会社(西宮)
海和丸 KAIWA MARU
1921.12.7(大10)北日本汽船(株)(小樽)に売却
1943.6.3(昭18)北海道小島付近で座礁、沈没
1943.11.16(昭18)合併に伴い大阪商船(株)(大阪)に移籍

第六吉備丸 KIBI MARU No.6 (1918)

第六吉備丸
惠須取丸 Yestoru Maru
24286/RHQM→JHPD 貨物船 3,293G/T 5,280D/W 起工 1918(大7) 進水 1918.11(大7)
Lpp 92.96(305'-0") B 13.56(44'-6") D 8.31(27'-3") m 主機 R 3連成 186NHP/1,865IHP 1基 9/10.5kt
備後船渠株式会社(広島)建造 豊崎汽船株式会社(広島)
第六吉備丸 KIBI MARU No.6
1926(大15)樺太汽船(株)(京都・府中→東京)に売却
1929(昭4)惠須取丸 YESTORU MARU と改名
1939(昭14)小谷杢之助(東京)に売却
1943.12.5(昭18)合併に伴ない東海汽船(株)(東京)に移籍
1948.5.31(昭23)小谷汽船(株)(大阪)に売却
1952.6.20(昭27)油焚に改装
1956.8(昭31)主機をD 1,300 BHPに換装
1958(昭33)金開丸 KINKAI MARU と改名
1960(昭35)(株)徳島商会(神戸)に売却
1961.1.13(昭36)大阪から香港に向け航行中、明石瀬戸(34.36N,135.02E)で、大韓民国所有のCHUNCHI(船籍:釜山、5,242 G/T)と衝突、翌14日に沈没

横須賀造船所

函容丸 KANYO MARU (1875)
49/HBCJ 木造汽船 440G/T 進水 1875.3(明8) 竣工 1875(明8)
Lpp 55.90 B 6.58 D 5.58 m 主機 R 57NHP/292IHP 9.5kt
横須賀造船所(横須賀)建造 日本政府
函容丸 KANYO MARU
1875(明8)竣工後、北海道運輸が運航
1881(明14)開拓使(不詳)の所有
1883.1.1(明16)共同運輸会社(東京)に移籍、函館丸 HAKODATE MARU と改名
1885.10.1(明18)合併に伴い日本郵船(東京)に移籍
1887.2.28(明20)同日、三井物産(株)(東京)に売却。同年、栖原角兵衛(函館)に売却
1888(明21)栖原角兵衛(函館)に売却
1889(明22)釧路十勝共同汽船(函館)に売却
1891(明24)前波宗吉(函館)に売却
1892(明25)能登善吉(函館)に売却
1905.8.27(明38)釧路から宮古に向け航行中、陸中国大田名郡字門の沢岩礁に乗り上げ破壊、全損

濱根汽船株式会社

津久見丸 TSUKUMI MARU (1957)
貨物船 802G/T 1,124D/W 進水 1957(昭32) 竣工 1957.6(昭32)
濱根汽船株式会社(神戸)建造 東海運株式会社
津久見丸 TSUKUMI MARU

日本水産株式会社

第三順光丸 JUNKO MARU No.3 (1951)
60785/JCAI 漁船 117G/T 進水 1951(昭26)
Lr 29.76 B 5.72 D 2.82 m
日本水産株式会社(東京)建造 建造者不詳
第三順光丸 JUNKO MARU No.3

呉海軍工廠

金勢丸 KINSEI MARU (1902)
35172/JNJH 旅客船 122G/T 進水 1902.4(明35)
Lpp 30.60 B 5.55 D 2.73 m 主機 H 焼玉 180HP 10/11kt
呉海軍工廠(呉)建造 建造者不詳
金勢丸 KINSEI MARU 船客 2等)46 3等)86
1962.7(昭37)瀬戸内海汽船(株)(広島)の所有

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