船歴 本邦建造船100 - 幕末・維新|明治前期|明治後期|大正期|昭和初期|太平洋戦争|占領期|海運再建期|海運集約期 戻る


E.C.キルビー(神戸)
初期の小野濱造船所時代として整理中。

狹貫丸 KYOKWAN MARU (1878)
224/HCJS 木造汽船 78G/T 進水 1878.3(明11)
Lpp 31.97(103.25尺) B 6.36(14.70尺) D 5.45(11.70尺) m 主機 R
E.C.キルビー(攝津)建造 船主不詳
狹貫丸 KYOKWAN MARU
1899(明32)小今井トミ(大阪)の所有

三保丸 MIHO MARU (1880)
前歴不詳。明治14年版船名録には石橋幸助(神奈川)の三保丸として掲載、明治15年版船名録では静隆社(神奈川)の所有となっている。
256 木造貨客船 347G/T 進水 1880.5(明13)
Lpp 40.54 B 5.79 D 5.79 m 主機 H 焼玉 30PS
E.C.キルビー(攝津)建造 船主不詳
三保丸 MIHO MARU
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、猪飼徳兵衛(大阪)から移籍
1891.5.7(明24)新田太平(函館)に売却
1894(明27)明治27年版船名録より削除


キルビー商会小野濱造船所(神戸) 1878.12(明11) →1884. 1(明17)
スコットランド系の英国人Edward Charles Kirbyが同国人ハーガン、テイラーとともに小野濱造船所を設立したが経営がうまくいかず一時閉鎖。その後個人事業としてキルビー小野濱造船所として再出発。西南戦争後の不況で明治16年秋にキルビーはピストル自殺。建造中の海防艦大和は明治17年1月、同所が海軍省に買収されて小野濱海軍造船所となった後に竣工。朝日丸他同型船1隻も竣工した。

備前丸 BIZEN MARU (1880)
247/HCKT 木造汽船 74G/T 進水 1880.3(明13)
主機 R単筒(冷)
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
備前丸 BIZEN MARU
1899(明32)高橋直吉(下関)の所有

新八幡丸 SHIN YAWATA MARU (1880)
355/HCSJ 木造汽船 202G/T 進水 1880.7(明13)
Lpp 38.10 B 5.18 D 3.96 m 主機 R単筒(冷) 21NHP/IHP
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
不詳
1881(明14)菊池行造(愛媛)の所有
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、田中平十郎(愛媛)から移籍
1898.6.28(明31)土佐共同汽船(土佐・潮江)に売却
1899(明32)亀井長太郎(大阪)に売却
1901(明34)船名録より削除

第二太湖丸 TAIKO MARU No.2 (1883)
E. C. Kirby Co.(大津)建造
1276/HJLN 鉄製旅客船 498G/T 進水 1883.6(明16) 竣工 1883.9(明16)
Lpp 50.70 B 6.73 D 5.59 m 5,499HP 14kt
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 太湖汽船株式会社(大津)
第二太湖丸 TAIKO MARU No.2 船客 350
1890(明23)係船中の本船を解体して大阪に搬出、佐山芳太郎(大阪)で組立に着手
1891.10(明24)進水
1891.11.10(明24)大阪で試運転
1903.12.17(明36)尼崎 伊三郎(大阪)に売却
1920.5.13(大 9)社名変更に伴い尼崎船舶合名会社(大阪)に移籍
1921.1(大10)社名変更に伴い合名会社尼崎汽船部(大阪)に移籍
1928.2.8(昭 3)長崎県南高来郡瀬詰埼沖合の岩礁に乗り揚げ
1930(昭5)昭和5年版船名録より削除

新朝陽丸 SHINCHOYO MARU (1881)
557/HDLQ 木造汽船 145G/T 進水 1881.2(明14)
Lpp 31.55(103.5') B 5.09(16.7') D 3.69(12.1') m 主機 R 2連成(タ・冷) 15NHP/99IHP 8/9kt
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
不詳 前歴不詳。明治15年版船名録には太陽会社(徳島)の太陽丸として掲載されている
1882(明15)太陽会社(徳島)の所有
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、徳島汽船(中川重内名義)(徳島)から移籍
1900.2.28(明33)太刀川又八郎(神戸)に売却
1901(明34)戀田清三郎(神戸)に売却
1902(明35)東京灣汽船(株)(東京)に売却
1922(大11)船名録より削除

朝陽丸 CHOYO MARU (1881)
604/HDPS 72G/T 進水 1881.7(明14)
主機 R
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
不詳
1882(明15)太陽会社(徳島)の所有
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、南方一郎(大阪)より移籍
1897.8.12(明30)豊洋汽船(合)(大阪)に売却
1898(明31)土屋清三郎(大阪→尾道)に売却
1901(明34)宮川保輔(長門・菱海)に売却
1904(明37)鹽川勝太郎(若松)に売却
1906(明39)船名録より削除

名草丸 NAGUSA MARU (1880)
前歴不詳。明治14年〜20年版日本船名録には坂上傅吉(大阪)の名草丸として記載されているが、大阪商船社史では共立会社から購入となっている。
425 木造貨客船 208G/T 進水 1880.12(明13)
Lpp 36.55(120.6尺) B 5.15(17.0尺) D 3.97(13.1尺) m 主機 R 26NHP/200IHP 8/9.2kt
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
名草丸 NAGUSA MARU
1884.6(明17)共立会社(和歌山)より大阪商船会社(大阪)に売却
1902.3.5(明35)田中 松之助(大阪)に売却
1902.6.18(明35)国籍喪失、明治36年版日本船名録より削除。明治35年版日本船名録(付録-2)には国籍喪失により登録を抹消と記載
1912.5(明45)松尾 孫八(長崎)の所有、再登録(船名、船舶番号、信号符字同一)
1912.5.9(明45)鹿児島郵船(鹿児島)に売却。那覇/名護・久米島航路に就航
1916.10(大5)鹿児島起業合資会社(鹿児島→下関)に売却
1919(大8)畠山 才一(下関)に売却。同年、天草商船(熊本・本渡)に再売却
1921.9.13(大10)九州汽船(熊本・本渡)に売却、口之津/長崎航路に就航
1926.6.12(大15)登録を抹消同月14日、廃船
1927(昭2)昭和2年版船名録より削除

新和歌浦丸 SHIN WAKANOURA MARU (1881)
555/HDLN 木造汽船 153G/T 進水 1881.6(明14)
Lpp 31.70(97'-2") B 4.57(16'-4") D 3.66(12'-6") m 主機 R単筒(冷) 11NHP/IHP 2基
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
不詳
1882(明15)坂上傅吉(和歌山)の所有
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、共立会社(和歌山)から移籍
1897.4.28(明30)尼崎伊三郎(大阪)に売却
1907(明40)近藤彌五郎他2名(長崎)に売却
1908(明41)近藤珪之他1名(播磨・網干)に移籍
1909(明42)近藤珪之(大阪)に移籍
1911(明44)奥藤汽船(播磨・坂越)に売却
1917(大6)平松理太郎(大阪)に売却
1918(大7)宮地太市(大阪)に売却
1923(大12)船名録より削除

亀鶴丸 KIKAKU MARU (1881)
前歴不詳。明治15年版日本船名録には野村 央(大分)の龜鶴丸として掲載
653 木造汽船 226G/T 進水 1881.11(明14)
Lpp 40.00 B 5.15 D 3.94 m 主機 R 15NHP/160IHP 9/9.5kt
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
亀鶴丸 KIKAKU MARU
1884.5.1(明17)大阪商船(大阪)の設立時に宮崎 喜平太(不詳)より大阪商船(大阪)に移籍
1897.3.9(明30)米谷 榮治(大阪)に売却
1900(明33)木崎 健太郎(肥後・三角)に売却
1901.2.2(明34)中国の旅順から芝罘に向け航行中、芝罘の西方8浬沖の低砂岸に座礁、破壊
1902(明35)明治35年版日本船名録より削除。明治34年版日本船名録(付録-1)には船体破壊により登録を抹消と記載

第二北洋丸 HOKUYO MARU No.2 (1882)
776/HFKD 木造汽船 147G/T 進水 1882.6(明15)
Lpp 36.88 B 4.91 D 4.36 m 15/128HP 10kt
キルビー商会小野濱造船所(神戸)建造 船主不詳
第二北洋丸 HOKUYO MARU No.2
1883(明16)共同運輸(東京)に移籍、森丸 AOMORI MARU と改名
1885.10.1(明18)合併に伴い日本郵船会社(東京)に移籍

小野濱海軍造船所(神戸)

朝日丸 ASAHI MARU (1884)

朝日丸
朝日丸 Asahi Maru
830/HFNS 鉄製汽船 495G/T 進水 1884.2(明17)
Lpp 47.14(154'-8") B 7.06(23'-2") D 5.79(19'-0") m 主機 R 2連成(冷) 57NHP/350IHP 1基 8.5/9.7kt
小野濱海軍造船所(神戸)建造 中村新次郎(大阪)
朝日丸 ASAHI MARU
1884.12(明17)(有)大阪商船会社(大阪)に売却
1921.2(大10)田端治郎(大阪)に売却
1924(大13)(合)吉田商会(函館)に売却
1928(昭3)解体

安治川丸 (1) AJIKAWA MARU (1885)
917/HFVN 鉄製貨客船 525G/T 進水 1885.12(明18) 竣工 1885(明18)
Lpp 48.77 B 6.71 D 5.79 m 主機 R 56NHP/IHP
小野濱海軍造船所(神戸)建造 有限会社大阪商船会社(神戸)
安治川丸 AJIKAWA MARU
1895.4.10(明28)中国の営口沖で遭難、沈没

赤城丸 AKAGI MARU (1890)
14995/LVNS→JCJD 汽船 691G/T 進水 1888.8(明21) 竣工 1890.8.20(明23)
Lpp () B 8.29(27.2') D 4.11(13.5') m 主機 R 3連成 390IHP
小野濱海軍造船所(神戸)建造 海軍省(大阪)
赤城丸 AKAGI MARU

日産造船所

日産丸 NISSAN MARU (1943)
50050/JNQS 木・鋼製貨物船 235G/T 361D/W 進水 1943.4(昭18) 竣工 1943.5(昭18)
Lpp 31.50 B 6.70 D 3.30 m 主機 H 日本発動機 280HP 9/9.45kt
日産造船所(向島西)建造 東海汽船株式会社(東京)
日産丸 NISSAN MARU
1946(昭21)東榮丸 TOEI MARU と改名
1954(昭29)昭和29-30年版船舶明細書より削除

神戸桟橋工場

JOUN MARU (1928)
33195 貨物船 664G/T 進水 1928(昭3)
Lpp 54.86 B 8.23 m
神戸桟橋工場(大阪)建造 神戸桟橋工場(大阪)
JOUN MARU 日本船名録未掲載
1928.8.8(昭3)上海から青島に向け航行中、揚子江河口Ariadne Rocksで座礁、沈没

静浦ドック

神山丸 KAMIYAMA MARU (1939)

神山丸
神山丸 Kamiyama Maru

1983.6.5
もとは沼津方面に就航していた船。
46426 遊覧船 51G/T 進水 1939.7(昭14)
Lpp 21.30 B 3.30 D 1.30 m 主機 D ニッサンUD626 180PS 1基 11kt
静浦ドック(不詳)建造 駿豆鐵道株式会社(神奈川箱根)
神山丸 KAMIYAMA MARU 定員 171
1957(昭32)伊豆箱根鉄道(株)(三島)に移籍
1969.4(昭44)改造。51G/T→48.4G/T

有限会社湘南造船所

乙女丸 OTOME MARU (1950)
木造旅客船 19G/T 進水 1950.6.21(昭25)
主機 D 三菱SB 2基 7kt
有限会社湘南造船所(小田原)建造 箱根観光船株式会社
乙女丸 OTOME MARU 定員 151
1950.8.1(昭25)就航
1964.11.10(昭39)日本高速船(不詳)に売却

大観丸 TAIKAN MARU (1950)
木造遊覧船 19G/T 進水 1950.8.3(昭25)
主機 D 三菱PB 100PS 8kt
有限会社湘南造船所(小田原)建造 箱根観光船株式会社(神奈川箱根)
大観丸 TAIKAN MARU 定員 151
1960.8.25(昭35)山中湖遊船(不詳)に売却

江之島丸 (3) ENOSHIMA MARU (1951)

江之島丸
江之島丸 Enoshima Maru
木造機帆船 39G/T 起工 1950.11.17(昭25) 進水 1951.3.15(昭26) 竣工 1951.3.30(昭26)
Lpp 11.90 B 4.33 D 1.95 m 主機 D 赤阪鉄工 120PS 1基
有限会社湘南造船所(小田原)建造 神奈川県水産試験場
江之島丸 ENOSHIMA MARU
1962(昭37)除籍

九鬼航運株式会社

明星 MYOJO (1951)
木造遊覧船 4G/T 進水 1951.5.5(昭26)
主機 D 三菱SB 60PS 7kt
九鬼航運株式会社(不詳)建造 箱根観光船株式会社
明星 MYOJO 定員 12
1968.5.8(昭43)解体

小滝工業株式会社

竜宮丸 RYUGU MARU (1951)
木造遊覧船 19G/T 進水 1951.6.10(昭26)
主機 D 三菱 100PS 9kt
小滝工業株式会社(不詳)建造 箱根観光船株式会社
竜宮丸 RYUGU MARU 定員 151
1960.8.25(昭35)山中湖遊船(不詳)に売却

三陸造船鉄工株式会社(宮城県塩竈市)

しんよこはま SHINYOKOHAMA (1970)

しんよこはま
しんよこはま Shinyokohama

1972.5 横浜港
107388/JG2817 旅客船 197G/T 起工 1969.9(昭44) 進水 1970.1(昭45) 竣工 1970.2(昭45)
Lpp 30.31 B 6.80 D 2.50 m 主機 D ヤンマー 400PS 1基 9kt
三陸造船鉄工株式会社(塩竈)建造 株式会社ポートサービス(横浜)
しんよこはま SHINYOKOHAMA 定員 540
1972.4(昭47)かもめ号 KAMOME GO と改名

遠藤秀吉(大阪)
後の遠藤造船鐵工所と思われる。

第一朝日丸 ASAHI MARU No.1 (1927)

第一朝日丸
第一朝日丸 Asahi Maru No.1
32754/TMBP→JFUE 旅客船 179G/T 300D/W 起工 1927(昭2) 進水 1927(昭2) 竣工 1927.10(昭2)
Lpp 33.83(111'-0") B 5.79(19'-0") D 3.05(10'-0") m 主機 R 3連成 武田鐵工所 37NHP/321IHP 1基 11/12kt
遠藤秀吉(大阪)建造 越佐商船株式会社(赤泊)
第一朝日丸 ASAHI MARU No.1 船客 2等30 3等115 SCAJAP No.S002
1932.4(昭7)佐渡汽船(株)(新潟)に移籍
1948.9(昭23)北海道稚内利礼運輸に売却
1951(昭26)佐渡汽船(株)(新潟)に売却、第二佐渡丸 SADO MARU No.2 と改名
1956(昭31)松島炭鉱(株)(長崎大島)に売却、松島丸 MATSUSHIMA MARU と改名、船客360名
1968(昭43)昭和43年版船舶明細書より削除

女神丸 MEGAMI MARU (1929)

女神丸
女神丸 Megami Maru
35189/VDKL→JNKH 旅客船 174G/T 進水 1929.10.29(昭4)
Lpp 34.20 B 5.67 D 2.74 m 主機 D 350BHP 10.5/11.8kt
遠藤秀吉(大阪)建造 攝陽商船株式会社(大阪)
女神丸 MEGAMI MARU SCAJAP No.M014 船客 2等32 3等146
1942.5.4(昭17)関西汽船(株)(大阪)の設立に伴ない移籍
1963.12.2(昭38)佐野安船渠(株)(大阪)に売却
1964.3.27(昭39)独航機能撤去により登録抹消、解体

第五住化丸 SUMIKA MARU No.5 (1940)
47831/JEOP 貨物船 153G/T 340D/W 進水 1940(昭15)
Lpp 27.11 B 6.06 D 3.09 m 主機 H 焼玉 鶴尾鐵工所(高松) 150PS 7/8kt
遠藤秀吉(大阪)建造 日新化学工業(新居浜)
第五住化丸 SUMIKA MARU No.5 旧名藤吉丸

松尾孫八

大盛丸 TAISEI MARU (1913)
16244→関133/MHBC→QBMT 木造貨客船 172G/T 進水 1913.7(大2) 竣工 1913.9.2(大2)
Lpp 34.98 B 4.83 D 3.81 m 主機 R 120IHP 7/8kt
松尾 孫八(攝津)建造 九州汽船株式会社(長崎)
大盛丸 TAISEI MARU 船客60
1913.10.1(大2)長崎港で沈没後に浮揚に成功
1917.9(大6)大連汽船(株)(大連)に52,500円で売却、海州丸と改名
1922.11.27(大11)陶子英(青島)に売却
1924(大13)船名録より削除

神戸通船株式会社

第九給水丸 KYUSUI MARU No.9 (1934)
給水船 65G/T 進水 1934.11(昭9)
主機 H 焼玉 65HP
神戸通船株式会社(神戸)建造 日東運輸株式会社
第九給水丸 KYUSUI MARU No.9
1949(昭24)神戸市が購入

澤村為吉

第貮御荘丸 MISHO MARU No.2 (1899)

第貮御荘丸
第貮御荘丸 Misho Maru No.2
4765/JDWB 木造貨客船 152G/T 進水 1899.4(明32)
Lpp 30.66(100.6') B 4.94(16.2') D 3.93(12.9') m 主機 R 2連成(冷) 新隈政次郎(大阪) 24NHP/168IHP 1基 8/9kt
澤村為吉(大阪)建造 船主不詳
第貮御荘丸 MISHO MARU No.2
1930(昭5)東北商船(株)(函館)に売却、八甲田丸 HAKKODA MARU と改名(時期不詳)

仙波造船所

幌内丸 HORONAI MARU (1918)
23050/RCKD 貨物船 994G/T 1,550D/W 進水 1918.3(大7)
Lpp 59.59(195.5') B 9.60(31.5') D 5.49(18.0') m 主機 R 3連成 伏田鐵工所(大阪) 70NHP/380IHP 1基 8/9kt
仙波造船所(大阪)建造 北海道炭礦汽船株式会社(神戸)
幌内丸 HORONAI MARU
1930(昭5)北海道炭礦汽船(株)(神戸)の所有 幌内丸HORONAI MARU

大正造船所

平雄丸 HEIYU MARU (1918)
24078/RGTD 貨物船 993G/T 1,550D/W 進水 1918.12(大7)
Lpp 60.73(199.25') B 9.60(31.5') D 5.49(18.0') m 主機 R 3連成 油谷鐵工所(大阪) 70NHP/700IHP 1基 8/9kt
大正造船所(大阪)建造 大同商船株式会社(伏木)
平雄丸 HEIYU MARU

赤井造船所

常彦丸 TSUNEHIKO MARU (1928)
33561/TNMJ→JIZC 貨物船 676G/T 1,050D/W 進水 1928.6(昭3)
Lpp 54.86(180'-0") B 8.23(27'-0") D 4.88(16'-0") m 主機 R 3連成 株式会社高尾鐵工所(神戸) 60NHP/IHP 1基 8.5/10kt
赤井造船所(大阪)建造 赤井常吉(西宮)
常彦丸 TSUNEHIKO MARU
1935(昭10)丸正海運(株)(淡路島浦村)に売却、第三日正丸 NISSHO MARU No.3 と改名
1950.8(昭25)日正汽船(東京)に売却
1954.12(昭29)東和船舶(株)(神戸)に売却

滿洲船渠株式会社

SNo.1 古城丸 KOJO MARU (1925)
関239/QBVM→JPFC 貨物船 1,685G/T 進水 1925.9.6(大14) 竣工 1925.11(大14)
Lpp 75.90(249'-0") B 11.43(37'-6") D 6.40(21'-0") m 主機 R 3連成 107NHP/1,325IHP 1基 9.5/11.6kt
滿洲船渠株式会社(旅順)建造 Sno.1 大連汽船株式会社(大連)
古城丸 KOJO MARU SCAJAP No.K065
1947.3.8(昭22)東邦海運(株)(東京)の設立に伴い移籍
1950.12.18(昭25)小樽から秋田県船川港に向けて石炭2,170トンを積載して航行中、青森県深浦沖(40.41N,139.53E)で荒天のために沈没

新屯丸 SINTON MARU (1927)
関266/QBWM→JPEC 貨物船 1,576G/T 2,567D/W
起工 1926.10.10(大15) 進水 1927.4.5(昭2) 竣工 1927.5.28(昭2)
Lpp 75.95(249'-2") B 11.43(37'-6") D 6.40(21'-0") m 主機 R 3連成 940NHP/1,600IHP 1基 9/10kt
滿洲船渠株式会社(旅順)建造 大連汽船株式会社(大連)
新屯丸 SINTON MARU SCAJAP No.S056
1933.1.28(昭8)朝鮮の大同江の江口で流氷のため座礁、沈没
1934(昭9)引き揚げに成功、大連で修復
1947.3.8(昭22)東邦海運(株)(東京)の設立に伴い移籍
1950.6.23(昭25)宮古島の東平安名崎で山東丸を救助中に荒天のため沈没

早美造船株式会社(三重県伊勢市)

クィーンロマンス2 QUEEN ROMANCE 2 (建造年不詳)

クィーンロマンス2
クィーンロマンス2 Queen Romance 2
FRP旅客船 89G/T 建造年不詳
Lpp 19.06 B 4.78 D 1.89 m 540PS 2基
早美造船株式会社(伊勢)建造 有限会社マルト汽船(三原)
クィーンロマンス2 QUEEN ROMANCE 2

山城五世 YAMASHIRO No.5 (1984)

山城五世
山城五世 Yamashiro No.5
モーターボート 15G/T 進水 1984(昭59) 竣工 1984(昭59)
Lpp 11.99 B 3.40 D 1.31 m 322PS 2基 27.5kt
早美造船株式会社(伊勢)建造 船主不詳
山城五世 YAMASHIRO No.5

ヤマハ発動機株式会社

うしお (3) USHIO (1991)
FRP漁業調査船 19G/T 起工 1990.10.10(平2) 進水 1991.1.30(平3) 竣工 1991.2.10(平3)
Lpp 20.45 B 4.09 D 1.44 m 主機 D 三菱重工 S6Y-MTK 700PS 1基 17.5/18.3kt
ヤマハ発動機株式会社(磐田)建造 神奈川県水産試験場
うしお USHIO

大阪鐵工所築港工場

第十五東豫丸 TOYO MARU No.15 (1925)
31160/JOGH→JCJT 旅客船 219G/T 56D/W 進水 1925.6(大14)
Lpp 38.10(125'-0") B 6.10(20'-0") D 3.05(10'-0") m 主機 R 3連成 武田鐵工所(大阪) 55NHP/650IHP 1基 12/13.5kt
大阪鐵工所築港工場(大阪)建造 瀬戸内商船株式会社(神戸)
第十五東豫丸 TOYO MARU No.15 船客 1等14 2等41 3等357
1945(昭20)瀬戸内海汽船(株)(広島)に移籍
1962.7(昭37)在籍

第十昭南丸型 3隻 SHONAN MARU No.10 Class (1938 - 1940)
捕鯨船 Lpp 40.00 B 8.20 D 4.50 m 主機 R 1基 第一昭南丸型 日本水産株式会社(東京)
1. 第十昭南丸 SHONAN MARU No.10 350G/T 1,310IHP 14.1kt
進水 1938(昭13) 竣工 1938.8.30(昭13) 大阪鐵工所築港工場(大阪)建造 第十昭南丸 SHONAN MARU No.10
2. 第十一昭南丸 SHONAN MARU No.11 61152/JKRK 355G/T 1,321IHP 14kt
進水 1938(昭13) 竣工 1938.8.31(昭13) 大阪鐵工所築港工場(大阪)建造 第十一昭南丸 SHONAN MARU No.11
3. 第十六昭南丸 SHONAN MARU No.16 355G/T 1,338IHP 14kt
進水 1940(昭15) 竣工 1940.11.20(昭15) 大阪鐵工所築港工場(大阪)建造 第十六昭南丸 SHONAN MARU No.16

坂本忠五郎

明凌丸 MEIRIO MARU (1877)

明凌丸
明凌丸 Meirio Maru
147/HCBS 木造外輪汽船 126G/T 進水 1877.9(明10)
主機 R 22NHP/IHP
坂本 忠五郎(攝津)建造 船主不詳
不詳
1881(明14)偕行会社(兵庫)の所有
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、偕行会社(兵庫)より移籍
1897.1.13(明30)解体

W.オースター W.oastar (大阪・岩崎新田)

此花丸 KONOHANA MARU (1879)
前歴不詳。明治14年版船名録には猪飼徳兵衛(大阪)の此花丸として掲載、明治15年版船名録では猪飼九兵衛(大阪)の所有となっている。
348/HCRT 木造貨客船 361G/T 進水 1879.8(明12)
Lpp 42.37 B 6.10 D 5.49 m 主機 R 21IHP
W.オースター(岩崎新田)建造 船主不詳
此花丸 KONOHANA MARU
1884.5.1(明17)大阪商船の設立に伴ない、猪飼徳兵衛(大阪)より移籍
1890.12(明23)藤岡庄一郎(紀伊・大崎)に売却
1892(明25)幸盛丸と改名
1895(明28)明治28年版船名録より削除

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