國際汽船の所有船舶 - 大正期−昭和初期−太平洋戦争 戻る

富士丸型 2隻 FUJI MARU Class (1921)

富士丸
富士丸 Fuji Maru
貨物船 Lpp 123.44(405'-0") B 16.15(53'-0") D 11.28(37'-0") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造

62. 富士丸 FUJI MARU (1921)

64. ばるちもあ丸 BALTIMORE MARU (1921)
ばるちもあ丸
北満丸 Hokuman Maru

City of Vancouver Archives

白耳義丸型 35隻 BELGIUM MARU Class (1918 - 1921)
大正期に取得した興福丸型と同じ川崎造船所建造のストックボートで國際汽船は同型船を合計35隻取得している。
貨物船 Lpp 117.35(385'-0") B 15.54(51'-0") D 10.97(36'-0") m 主機 R 3連成 1基
株式会社川崎造船所(神戸)建造 第一大福丸型

63. 白耳義丸 BELGIUM MARU (1920)

65. 喜福丸 KIFUKU MARU (1918)

66. 豐福丸 HOFUKU MARU (1918)

67. おはいを丸 OHIO MARU (1920)

68. あとらんちつく丸 ATLANTIC MARU (1920)

69. ぱしふいつく丸 PACIFIC MARU (1920)
ぱしふいつく丸
ぱしふいつく丸 Pacific Maru

City of Vancouver Archives

73. びくとりあ丸 VICTORIA MARU (1921)
びくとりあ丸
びくとりあ丸 Victoria Maru

70. 鞍馬丸 KURAMA MARU (1931)

鞍馬丸
鞍馬丸 Kurama Maru
36412/VHNW→JGDC 貨物船 6,769G/T 10,147D/W
起工 1929.6.22(昭4) 進水 1930.6.24(昭5) 竣工 1931.2.10(昭6)
Lpp 132.59(435'-0") B 17.68(58'-0") D 10.16(33'-4") m 主機 D M.A.N. 4,050/4,990BHP 1基 13.5/16.44kt
浦賀船渠株式会社(浦賀)建造 Sno.359 山下汽船株式会社(東京)
北星丸 HOKUSEI MARU
1930(昭5)進水後、國際汽船(神戸)に売却、鞍馬丸 KURAMA MARU と改名
1942.2.9(昭17)東シナ海(28.25N,122.13E)で雷撃により沈没

霧島丸型 2隻 KIRISHIMA MARU Class (1931)

霧島丸
霧島丸 Kirishima Maru
國際汽船が紐育航路用に建造したわが国で最初の単軸高速貨物船。本型は逓信省船舶試験所の研究成果を採用したわが国初の減トン甲板口(船尾近く)を有する遮浪甲板船型であり、この船型はその後多くの船に採用されたが、規則の改正等により利点がなくなったため甲板口を閉鎖した例(郵船、三井)もある。
貨物船 Lpp 134.11(440'-0") B 18.29(60'-0") D 12.19(40'-0") m
株式会社川崎造船所艦船工場(神戸)建造 國際汽船株式会社(東京)
71. 霧島丸 KIRISHIMA MARU 36919/VKQH→JGIC 5,959G/T 8,753D/W
主機 D M.A.N. D7Z60/120 6,000/6,971BHP 1基 15.5/18.03kt
起工 1930.8.6(昭5) 進水 1931.4.3(昭6) 竣工 1931.7.5(昭6) Sno.563 霧島丸 KIRISHIMA MARU
1931.7.9(昭6)神戸からマニラに向け処女航海
1943.9.25(昭18)カムラン湾南東沖(9.53N,112.10E)で米潜BOWFIN(SS-287)の雷撃により沈没。同年11.11大阪商船(大阪)に移籍(戦禍未発表のため)
72. 葛城丸 KATSURAGI MARU 35218/VLDB→JGMC 5,840G/T 9,087D/W
主機 D 三井B&W 6,000BHP 1基 15.5/18.02kt
起工 1930.7.10(昭5) 進水 1931.5.15(昭6) 竣工 1931.10.2(昭6) Sno.374 葛城丸 KATSURAGI MARU
1942.10.1(昭17)トラック島沖(5.36N,125.17E)で米潜STURGEON(SS-187)の雷撃により沈没
葛城丸
葛城丸 Katsuragi Maru

74. 小牧丸 KOMAKI MARU (1933)

小牧丸
小牧丸 Komaki Maru
鞍馬丸以下3隻で配船を開始した紐育航路を定期運航するためにさらに2隻計画された大型高速貨物船の第1船。
38561/JNFI 貨物船 6,456G/T 9,768D/W
起工 1932.6.18(昭7) 進水 1933.7.8(昭8) 竣工 1933.11.27(昭8)
Lpp 137.16(450'-0") B 18.59(61'-0") D 12.19(40'-0") m 主機 D 神鋼無気噴射2cycle 7,000/8,735BHP 1基 17/19.583kt
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.189 國際汽船株式会社(東京)
小牧丸 KOMAKI MARU
1942.4.18(昭17)ラバウル(4.15S,152.20E)で空爆により沈没

75. 鹿野丸 KANO MARU (1934)

鹿野丸
鹿野丸 Kano Maru
小牧丸と共に紐育航路増強のために計画された。本船の就航により國際汽船の紐育定期航路は4週1回の配船が可能となった。三菱長崎で製作された主機の工事遅延により進水後竣工までに多くの日時を要した。
39657/JRNJ 貨物船 6,940G/T 9,382D/W
起工 1932.12.17(昭7) 進水 1933.9.16(昭8) 竣工 1934.8.10(昭9)
Lpp 137.16(450'-0") B 18.59(61'-0") D 12.22(40'-1") m 主機 D 三菱Sulzer 7DSD76 7,600/8,350BHP 1基 17/18.7kt
浦賀船渠株式会社(浦賀)建造 Sno.386 國際汽船株式会社(東京)
鹿野丸 KANO MARU 第1次船舶改善助成施設適用船
1942.7.31(昭17)キスカ島に入港直前、米潜GRUNION(SS-216)の雷撃により航行不能、菊川丸に曳航され8月1日入港。積荷を降ろした後、船体放棄

C澄丸型 2隻 KIYOSUMI MARU Class (1934 - 1935)

C澄丸
C澄丸 Kiyosumi Maru
鹿野丸とほぼ同型だが荷役装置の数を減らして重量の軽減を図った。鹿野丸と同様に本型は第1次船舶改善助成施設の適用を受けて建造された。
貨物船 Lpp 137.16(450'-0") B 18.59(61'-0") D 12.19(40'-0") m 清澄丸型 國際汽船株式会社(東京)
76. C澄丸 KIYOSUMI MARU 39724/JWHI 6,991G/T 9,493D/W
主機 D 三菱Sulzer 7DSD 76/120 7,600/8,375BHP 1基 17/18.73kt
起工 1933.5.30(昭8) 進水 1934.6.30(昭9) 竣工 1934.10.5(昭9)
株式会社川崎造船所艦船工場(神戸)建造 Sno.583 C澄丸 KIYOSUMI MARU 第1次船舶改善助成施設適用船
1938.1.19(昭13)神戸港出航、日本郵船の極東/紐育航路最終配船
1943.11.11合併に伴い大阪商船(大阪)に移籍
1944.2.17(昭19)トラック島港内で空爆により沈没



客室

当時の國際汽船の広告には東洋/紐育線、北欧線共に就航船には「客室ノ設備アリ」と記載されている
77. 金剛丸 KONGO MARU 40114/JWIJ 7,061G/T 9,583D/W
主機 D 神鋼複動2cycle 9,401PS 1基 19.536kt
起工 1934.2.22(昭9) 進水 1934.12.7(昭9) 竣工 1935.3.4(昭10)
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.205 金剛丸 KONGO MARU 第1次船舶改善助成施設適用船
1943.10.14(昭18)中国の厦門(24.15N,118.05E)で空爆により沈没
金剛丸
金剛丸 Kongo Maru

衣笠丸型 3隻 KINUGASA MARU Class (1936)

衣笠丸
衣笠丸 Kinugasa Maru
國際汽船が3隻計画した9000重量トン級の快速ディーゼル貨物船で主要寸法は紐育航路用の清澄丸型と同じ。衣笠丸は第2次船舶改善助成施設の適用を受けて建造された。
貨物船 Lpp 137.16(450'-0") B 18.59(61'-0") D 12.19(40'-0") m 國際汽船株式会社(東京)
78. 衣笠丸 KINUGASA MARU 41285/JHEL 6,808G/T 9,346D/W
主機 D 川崎M.A.N. D7Z70/120 7,000/7,740BHP 1基 17/18.705kt
起工 1935.8.10(昭10) 進水 1935.12.26(昭10) 竣工 1936.2.28(昭11)
株式会社川崎造船所艦船工場(神戸)建造 Sno.591 衣笠丸 KINUGASA MARU 第2次船舶改善助成施設適用船
1943.11.11(昭18)合併に伴い大阪商船(大阪)に移籍
1944.10.7(昭19)ルソン島北西岸(19.48N,118.22E)で米潜HOWKBILL(SS-366)の雷撃により沈没



客室(上)とサロン(下)
80. 香久丸 KAGU MARU 41958/JHAL 6,800G/T 9,354D/W
主機 D 川崎M.A.N. 7,000/8,353BHP 1基 17/19.503kt
起工 1935.11.21(昭10) 進水 1936.4.18(昭11) 竣工 1936.6.30(昭11)
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.216 香久丸 KAGU MARU
1943.11.11(昭18)合併に伴い大阪商船(大阪)に移籍
1944.11.17(昭19)レイテ島沖(15.55N,119.44E)で雷撃と空爆により沈没
香久丸
香久丸 Kagu Maru
79. 香椎丸 KASHII MARU 41651/JHOJ 6,825G/T 9,388D/W
主機 D Sulzer & Brothers 神鋼複動2cycle 7,000/8,595BHP 1基 17/19.435kt
起工 1935.6.15(昭10) 進水 1936.1.24(昭11) 竣工 1936.4.18(昭11)
株式会社播磨造船所(相生)建造 Sno.215 香椎丸 KASHII MARU
1936.5.3(昭11)日本郵船の欧州航路・北欧線に就航
1943.11.11(昭18)合併に伴い大阪商船(大阪)に移籍
1944.11.10(昭19)レイテ島のオルモック湾(10.58N,124.35E)で空爆により沈没
香椎丸
香椎丸 Kashii Maru

金華丸型 2隻 KINKA MARU Class (1938)

金華丸
金華丸 Kinka Maru
國際汽船が優秀船舶建造助成施設の適用(金華丸)を受けて建造した高速貨物船。船体は遮浪甲板型を採用、水線下の船型は川崎汽船の神川丸型と同型で、主機には定格出力9,200PSの川崎M.A.N.ディーゼルを搭載した。 金華丸は試運転で最大速力21.546ktを記録し、横濱/ロサンゼルスの処女航海を平均速力17.9kt、10日12時間29分で走破、横断記録を樹立した。
貨物船 Lpp 145.00 B 19.00 D 12.20 m 主機 D 川崎M.A.N. D8Z70/120 1基
株式会社川崎造船所艦船工場(神戸)建造 國際汽船株式会社(神戸)
81. 金華丸 KINKA MARU 44397/JNUL→JYUL 9,301G/T 10,257D/W 9,200/10,178BHP 18.02/21.6kt
起工 1937.6.15(昭12) 進水 1937.11.18(昭12) 竣工 1938.2.28(昭13) Sno.616 金華丸 KINKA MARU
1943.11.11(昭18)合併に伴い大阪商船(大阪)に移籍
1944.11.13(昭19)マニラ湾の近くバターン半島カフカーベン沖で空爆により沈没



サロン(上)と客室(下)
82. 金龍丸 KINRYU MARU 45135/JQGM 9,309G/T 10,305D/W 9,200/10,410BHP 17/20.004kt
起工 1937.11.18(昭12) 進水 1938.6.16(昭13) 竣工 1938.8.31(昭13) Sno.620 金龍丸 KINRYU MARU
1942.8.25(昭17)ガダルカナル島沖で空爆により沈没
金龍丸
金龍丸 Kinryu Maru

83. 興業丸 KOGYO MARU (1939)

興業丸
興業丸 Kogyo Maru

進水する興業丸
45386/JZEM 貨物船 6,353G/T 10,042D/W
起工 1938.5.16(昭13) 進水 1938.10.6(昭13) 竣工 1939.2.2(昭14)
Lpp 128.00 B 18.00 D 10.00 m 主機 T 3,900SHP 1基 15.8kt
浦賀船渠株式会社(浦賀)建造 Sno.439 山下汽船株式会社(神戸)
興業丸 KOGYO MARU
1939.2.2(昭14)國際汽船(神戸)に売却
1939(昭14)岡田組(大阪)に売却
1942.4.16(昭17)岡田商船(東京)に移籍
1944.9.24フィリッピンのパラワン島北端のコロン湾(12,00N,120.00E)で空爆により沈没
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