概要 會陽汽船株式会社 Kaiyo Kisen K. K. 戻る
沿革
昭和8年(1933)9月8日、元山下汽船の社員であった筒井清松、堀五郎が中心となって発足、商号は両名の出身地に因んで決定された。業態は貸船経営(オーナー業)であり創立直後、汽船智福丸を購入し山下汽船に貸船運航させ、アフリカ東岸航路、ニュージーランド航路等に配船した。その後業界の趨勢に伴い船腹を拡充し、山下汽船、大同海運、中村汽船等に運航を委託した。
昭和12年(1937)には新造船第一船福山丸が播磨造船所で竣工し、以後、太平洋戦争開戦直前まで3隻の新造船は全て播磨造船所で建造された。
昭和16年(1941)までの取得船は輸入船2隻を含めて全8隻(約3万7千総トン)で、戦争中に5隻を加え、戦禍による喪失船舶は11隻(約4万2千総トン)であった。終戦時に残存したのは、喜多方丸と會福丸の2隻の戦時標準船のみで、両船は木材、石炭の運搬のため国内航路に就航した。
昭和22年(1947)12月には創業以来の経営者に代わって新たに山下汽船より経営陣を迎え、社名をファースト・シッピング株式会社と改め、従来の貸船業から自営運航業に業態を一新した。
・設立 1933. 9. 8(昭8) → 終了 1947.12(昭22)
・来歴
  1933. 9. 8(昭8)  →1947.12   (昭22) 會陽汽船株式会社(神戸) Kaiyo Kisen K. K.
  1947.12   (昭22) →1949.10   (昭24) ファースト・シッピング株式会社(神戸)
                                      The First Shiipping Co. Ltd.
  1949.10   (昭24) →1960. 9.30(昭35) 第一汽船株式会社(神戸) Daiichi Kisen K. K.
  1960.10. 1(昭35) →                 第一中央汽船株式会社(東京)
                                      Daiichi Chuo Kisen K. K.
智福丸
智福丸 Chifuku Maru (1919)
所有船舶一覧表
整No. 船名                                    総トン数  進水年      建造所
   1. 智福丸 Chifuku Maru                        5,857  1919(大8)   川崎造船所
   2. 玉鉾丸 Tamahoko Maru                       6,780  〃          帝國汽船播磨
   3. 福山丸 Fukuyama Maru                       3,581  1936(昭11)  播磨造船所
   4. 輝洋丸 Kiyo Maru                           4,428  1912(大1)   W. Doxford Sons Ltd.
   5. 會昌丸 Kaisho Maru                         4,164  1938(昭13)  播磨造船所
   6. 岩代丸 Iwashiro Maru                       3,550  1939(昭14)  〃
   7. 會明丸 Kaimei Maru                         5,253  1919(大8)   Hongkong & Wmampoa Dock
   8. 會幸丸 Kaiko Maru                          3,548  1941(昭16)  播磨造船所
   9. 會東丸 Kaito Maru                          2,714  1943(昭18)  大阪造船所
  10. 小田月丸 Odazuki Maru                      1,988  1942(昭17)  〃
  11. 喜多方丸 Kitakata Maru                     2,216  1944(昭19)  浪速船渠
  12. 會盛丸 Kaisei Maru                           880  〃          三菱若松
  13. 會福丸 Kaifuku Maru                        2,219  1945(昭20)  尼崎船渠
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