概要 株式会社播磨造船所 K. K. Harima Zosenjo 戻る
沿革
第1次世界大戦勃発後も経営は困難な状況であった播磨造船(株)は世界的な船舶不足に鑑み造船事業の計画を進めていた鈴木商店に大正5年(1916)4月に買収が決定し新たに株式会社播磨造船所として発足した。この買収を申し入れたのは播磨船渠(株)の創設の中心人物だった相生町長の唐端清太郎等で、鈴木商店側は辻湊が担当した。
発足後、工場拡充計画が開始され海面埋立工事は山腹の岩石の予想外の堅さに困難を極めて当初予定の期間と予算を大幅にオーバーしたが第1期海面埋立工事は大正9年(1920)6月、第2期工事は大正8年(1919)12月に完成した。工場設備は造船工場を主とし造機、製罐工事等については同系の神戸製鋼所その他から供給した。
また標準船として鈴木商店ロンドン支店長高畑誠一がコンサルティング・エンジニア、ワーレスに設計を依頼した10,000重量トン級と5,000重量トン級の貨物船を連続建造し、船価の引下げと工期の短縮を図った。
大正7年(1918)5月には鈴木商店が第1次世界大戦後の反動を予想して同系統の事業体を合併させ、同所は鳥羽造船所、浪華造船所と共に帝國汽船(株)へ合併され船舶部と造船部が置かれた。
・設立 1916. 4.25(大5) → 終了 1918. 5.30(大7)
・来歴
  1907. 3.11(明40) →1911. 1.20(明44) 播磨船渠株式会社(相生) Harima Dock K.K.
  1911. 1.21(明44) →1912. 6. 1(明45) 播磨船渠合名会社(相生) Harima Dock Gomei Kaisha
  1912. 6. 2(明45) →1916. 4.24(大5)  播磨造船株式会社(相生) Harima Zosen K.K.
  1916. 4.25(大5)  →1918. 5.30(大7)  株式会社播磨造船所(相生) K. K. Harima Zosenjo
  1918. 5.31(大7)  →1921. 2.14(大10) 帝國汽船株式会社播磨造船所(相生)
                                      Teikoku Kisen K.K. Harima Zosensho
  1921. 2.15(大10) →1929.11.26(昭4)  株式会社神戸製鋼所播磨造船工場(相生)
                                      K. K. Kobe Seikojo Harima Zosen Kojo
  1929.11.27(昭4)  →1960.12   (昭35) 株式会社播磨造船所(相生) K. K. Harima Zosensho
  1960.12   (昭35) →1990. 4. 1(平2)  石川島播磨重工業株式会社相生第一工場(相生)
                                      Ishikawajima Harima Jukogyo K.K. Aioi No.1
  1990. 4. 2(平2)  →2012.12.31(平24) 株式会社アイ・エイチ・アイ・アムテック相生工場(相生)
                                      K. K. Ihi Amtec
  2013. 1. 1(平25) →                 株式会社JMUアムテック相生工場(相生)
                                      K. K. JMU Amtec
・代表者
  辻 湊        1916. 4.25(大5)  - 1918. 6.25(大7) (取締役社長)
イースタン ショア
イースタン ショア Eastern Shore (1918)
建造船舶の要目と船歴
設備
・第3船台 1917.12(大6)竣工 520.0 x 60.0 ft 6000G/T 1936(昭11)に第4船台と改称
・第1船台 1917.11(大6)竣工 520.0 x 60.0 ft 6000G/T
・第1船渠 1912. 1.10(明45)竣工 434.0 x 84.0 ft 6000G/T
所有船舶一覧表
整No. 船名                                    総トン数  進水年      建造所
   ・ 第一淡陽丸 Tanyo Maru No.1                    25  1897(明30)  小倉新助
Copyright (C) Since 1998 Fumio Nagasawa All Rights Reserved. LU 2017.9