概要 三井物産株式会社造船部宇野工場 Mitsui Bussan Zosen Bu Uno Kojo 戻る
沿革
三井物産船舶部部長川村貞次郎が第1次世界大戦中の船腹不足による造船所の繁忙に伴い修繕も困難な状況から造船部の新設を本社に提議した。候補地を岡山県兒島郡日比町に求めた。逼迫した当時の造船状況に対応するため大正6年(1917)7月、本格的な造船工場建設前に同県宇野町で仮工場の建設に着手し同年8月22日には早くも第一船海正丸を起工した。同年11月14日に本店において造船部の正式決定を見るまではこの仮工場の経営は形式上、川村船舶部長個人の名義をもって行われたので当初は川村造船所と称されていた。
・設立 1917. 5.23(大6) → 終了 1919. 5.12(大8)
・来歴
  1917. 5.23(大6)  →1919. 5.12(大8)  三井物産株式会社造船部宇野工場(岡山)
                                      Mitsui Bussan Zosen Bu Uno Kojo
  1917.11.14(大6)  →1937. 7.30(昭12) 三井物産株式会社造船部玉工場(岡山)
                                      Mitsui Bussan Zosen Bu Tama Kojo
  1937. 7.31(昭12) →1942. 1   (昭17) 株式会社玉造船所(岡山) K.K. Tama Zosensho
  1942. 1   (昭17) →1945.10.28(昭20) 三井造船株式会社玉野造船所(玉野)
                                      Mitsui Zosen K.K. Tama Zosensho
  1945.10.29(昭20) →1946. 7   (昭21) 三井造船株式会社玉野工場(玉野)
                                      Mitsui Zosen K.K. Tamano Kojo
  1946. 7   (昭21) →1952. 4   (昭27) 三井造船株式会社玉野製作所(玉野)
                                      Mitsui Zosen K.K. Tamano Seisakusho
  1952. 4   (昭27) →                 三井造船株式会社玉野造船所(玉野)
                                      Mitsui Zosen K.K. Tamano Zosensho
・代表者
  北郷 七次    1920年現在 (造船設計課長)
  川村 貞次郎  1917年現在 (造船部長)
  岡本 泰      1917年現在 (造機設計課長)



海正丸

第1番船海正丸の進水式
建造船舶の要目と船歴
設備
・第四号船台 1919. 3(大8)竣工 600.0 x 80.0 ft
・第三号船台 1919. 3(大8)竣工 600.0 x 80.0 ft
・三号船台 1917. 7(大6)竣工 300.0 x 60.0 m
・二号船台 1917. 7(大6)竣工 315.0 x 60.0 ft
・一号船台 1917. 7(大6)竣工 300.0 x 60.0 ft
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