近海航路 - 明治前期 戻る

大阪商船の朝鮮航路

大阪釜山線 明23.7.16(1890)開設明39(1906)廃航
大阪商船の海外進出の第一歩として開設。白川丸1隻で寄港地は大阪/神戸/馬關/釜山で毎8日目に1回発航。その後、寄港地の改変、増便や休止があり明治35年(1902)には手取川丸が毎9日目に両地を発航、神戸/下関/博多/厳原に寄港したが明治39年(1906)廃止。
大阪仁川線 明26.3.18(1893)開設−明37.9(1904)大阪群山線に合併
木曾川丸を使用して月2航海で開設。寄港地は大阪/神戸/赤間關/釜山/仁川。日清戦争による休航後、使用船は隅田川丸筑後川丸信濃川丸球磨川丸舞子丸等に増便され明治30年(1897)10月以降は往復航とも木浦に寄港した。その後、白川丸、木曾川丸2隻に減じ毎週1航海としたが明治37年 (1904)に大阪群山線に合併されて廃航となった。

筑後川丸
筑後川丸 Chikugogawa Maru (1890)
韓国沿岸線 明26.6.2(1893)開設−明26.12(1893)廃航
旭川丸を韓国船籍として釜山/仁川線を開始したが防穀令の発布等により同年内に廃航。
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