鹿野丸 KANO MARU (1934) 閉じる
鹿野丸
鹿野丸 Kano Maru
小牧丸と共に紐育航路増強のために計画された.本船の就航により國際汽船の紐育定期航路は4週1回の配船が可能となった.三菱長崎で製作された主機の工事遅延により進水後竣工までに多くの日時を要した.
船舶番号 39657 信号符字 JRNJ 鋼製貨物船 6,940総トン 9,382重量トン
起工 1932.12.17(昭7) 進水 1933.9.16(昭8) 竣工 1934.8.10(昭9)
寸法 Lpp 137.16(450'-0") B 18.59(61'-0") D 12.22(40'-1") m
主機 D 三菱Sulzer 7DSD76 7,600/8,350BHP 1基 速力 17/18.7kt
建造 浦賀船渠株式会社(浦賀) Sno.386
船主 國際汽船株式会社(東京)
船名 鹿野丸 KANO MARU
備考 第1次船舶改善助成施設適用船
1942.7.31(昭17)キスカ島に入港直前,米潜GRUNION(SS-216)の雷撃により航行不能,菊川丸に曳航され8.1入港.積荷を降ろした後,船体放棄
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