小史 - 船隊の整備 前頁 次頁 戻る

合併時の船隊のうち専用船は山下汽船から継承船された鉱石運搬船3隻(山弘丸,神好丸,琴浦丸)と新日本汽船の須磨春丸で1万8000重量トン〜2万1000重量トン級の当時の標準型鉱石運搬船であった.ここでは合併後,昭和40年代半ばまでの取得船を船種別に概観する.

一般貨物船
昭和39年(1964)7月に日本船舶から5,000重量トン級の貨物船宝光丸を購入し,昭和43年(1968)1月には山栄船舶から7,700重量トン級の雄光丸を購入した.
宝光丸 Hoko Maru
宝光丸 Hoko Maru (1958)

油槽船
合併時に就航中の油槽船は山下汽船の34,000重量トン級の山珠丸と山富丸および新日本汽船の33,000重量トン級の紀伊春丸の合計3隻であった.原油の大量輸送に対応するべく昭和43年(1968)以降には20万重量トン級の油槽船が整備された
伊予春丸 Iyoharu Maru
伊予春丸 Iyoharu Maru (1965)

LPG船
昭和41年(1966)に第21次計画造船による山下新日本汽船では初の2万9000重量トン級のLPG船山秀丸が建造された.LPGタンクには外部防熱式を採用,冬期北太平洋航行時の安全性に配慮が払われた.引き続き21次で3万9000重量トン級の和珠丸が建造された.
山秀丸 Yamahide Maru
山秀丸 Yamahide Maru (1966)

鉱石/油兼用船
わが国最初の鉱石/油兼用船つばろん丸(大阪商船三井船舶)が竣工した同じ昭和41年(1966)に山下新日本汽船では悠水丸が第1船として建造された.昭和43年(1968)には悠水丸と同じ7万重量トン級の玲水丸(23次)が就航した.
悠水丸 Yusui Maru
悠水丸 Yusui Maru (1966)

鉱石専用船
第22次計画造船による7万8000重量トン級の若幡丸が昭和41年(1966)に竣工した.引き続き昭和42年(1967)には5万5000重量トン級の神山丸(22次),昭和45年(1970)には8万重量トン級の加古川丸(25次)が就航した.
若幡丸 Wakahata Maru
若幡丸 Wakahata Maru (1966)

石炭専用船
石炭輸送を主目的とし穀物等の撒積貨物も運搬できる専用船として第20次計画造船による3万5000重量トン級の山幡丸以降,4万3000重量トン級の永豪丸(22次),6万重量トン級の啓豪丸(24次)と建造され船型は大型化していった.昭和41年(1966)には鉱石/石炭兼用船として3万7000重量トン級の神日丸(21次)が建造され日本/豪州,日本/ゴア間に就航して,それぞれ石炭と鉱石の輸送に従事した.
山幡丸 Yamahata Maru
山幡丸 Yamahata Maru (1965)

木材運搬船および木材/撒積兼用船
昭和39年(1964)に第19次計画造船による1万2000重量トン級木材運搬船として山忠丸が建造された.本船は日本/アラスカ間の北太平洋航路に就航する製材運搬の専用船で艙口は2列となっていた.昭和40年(1965)には1万3000重量トン級の峰凰丸,昭和41年(1966)には玉井商船との共有で秀峰丸,昭和42年(1967)には峰玉丸,昭和43年(1968)には日正汽船との共有で清峰丸,昭和44年(1969)には山和商船との共有で,じゅのお丸が建造された.いずれも1万5000重量トン〜1万6000重量トン級の木材運搬船であった.
山忠丸 Yamatada Maru
山忠丸 Yamatada Maru (1964)

パルプ専用船
第22次計画造船によるパルプ専用船として建造されたランゲル丸は約6,000トンのパルプと400万B.M.の製材を効率よく混載できる木材・パルプ混載専用船としてはわが国最初のものであった.
ランゲル丸 Wrangell Maru
ランゲル丸 Wrangell Maru (1967)

チップ専用船
パルプの原料であるウッドチップの輸送には通常の撒積船に較べて船艙容積が大きい船腹が採算上有利であるため早くから専用船化が検討され昭和40年代に入ると製紙会社の保証による計画造船が盛んに行われた.山下新日本汽船では22次でチップ専用船としては最初の2万7000重量トン級の大峰丸を建造し,引き続き昭和44年(1969)までに2万6000重量トン級の王子丸(23次),きゃすりん丸(23次),4万2000重量トン級のとなみ丸(24次)の3隻がいずれも積荷保証を得て計画造船により建造された.
大峰丸 Daiho Maru
大峰丸 Daiho Maru (1967)

自動車専用船改装後の姿

コンテナ船
昭和43年(1968)にわが国最初のコンテナ・サービスが開始された加州航路(PSW)に邦船4社グループの第3船として加州丸(615TEU)が就航した
加州丸 Kashu Maru
加州丸 Kashu Maru (1968)

重量物運搬船
合併時のインド・パキスタン・ペルシャ湾航路はJIPラインの新日本汽船の航権と山下汽船の航権を引継ぎ昭和39年(1964)4月合併時の年間航海回数は9であった.その後の荷動きの増加と航権数の増加に対処しコンテナ化された航路からの転配船を投入して昭和45年(1970)10月にはペルシャ湾向けに年間12航海のサービスを達成した.同年以降,本航路はプラント,鋼材,車輌等の重量物の荷動きが増大したので山下新日本汽船は在来船のリプレースと重量物輸送への参画を企画し,昭和45年(1970)と翌年に120トンヘビーデリックを有する重量物運搬船山重丸,新重丸を就航させた.
山重丸 Yamashige Maru
山重丸 Yamashige Maru (1970)
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