印度航路 - 明治後期 戻る

日本郵船

孟買線 明26.11(1893)開設横濱孟買線-神戸孟買線大正期昭和初期
明治29年(1896)8月当航路は政府の特定助成航路に指定された。明治39年(1906)4月以降、自由航路となり、当初使用船6隻で2週間1回の定期航海とし、のち3隻を加えた。明治43年(1910)1月からは欧州線に就航していた備後丸、博多丸、若狹丸等の大型船を配船。この間、上海/ペナン/マドラスに寄港(のちに中止)、復航は上海に寄港、起点は横濱から神戸に変更された。

若狹丸
若狹丸 Wakasa Maru (1897)
バンコック線 明39.5(1906)開設−明40.1(1907)廃止
外国船2隻を用船して開始、月2回の定期サービスとした。寄港地は香港/汕頭/バンコック。その後さらに外国用船2隻を加えて週1回の定期サービスとしたが、北独乙ロイド社と猛烈な競争の結果、調停により明治41年(1908)1月に廃止。
カルカッタ線 明44.9(1911)開設−大正期−昭10.7(1935)南洋海運へ譲渡
明治44年(1911)神戸出航の仁川丸を第1船として開始。引き続き廣島丸、吉林丸、三池丸、天津丸の計5隻により2週1回神戸、カルカッタ両港出航の定期サービスとした。寄港地は神戸/門司(往航)/上海(復航)/香港/シンガポール/ペナン/ラングーン/カルカッタ。大正元年(1912)10月、航路を横濱まで延長し使用船を6隻に増加。

吉林丸
吉林丸 Kitsurin Maru (1895)

S.Kizu
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