中国・四国方面 - 昭和初期 戻る

大阪宇和島線 大阪商船(株) 明17.5.1(1884)開設明36.10.11(1903)大阪宿毛線−明44.6.1(1911)大阪四國線−大正期
昭4.3.6(1929)伊豫経由大阪細島線と合併
昭和4年(1929)3月6日、大阪細島線と合併して伊豫経由大阪細島線となった。
大阪徳島線 大阪商船(株) 明17.5.1(1884)開設明治前期−明治後期−大14.1.16大阪小松島線昭6.10.30(1931)攝陽商船に譲渡
昭和4年(1929)4月から阿南鐵道と小松島を連絡地として旅客のみの船車連絡を開始。同年8月、朝便の和歌浦寄港を開始し、使用船を比羅夫丸、田村丸、第二十八共同丸の3隻に減じ、内1隻は協定船、1隻を共用船とした。和歌浦を連絡地として同年9月には南海鐵道、昭和6年(1931)2月には阪和電鐵と旅客のみの船車連絡を開始。昭和6年(1931)10月20日、比羅夫丸を航路と共に攝陽商船に譲渡、その後は同社と阿波國共同汽船の共同経営となった。
比羅夫丸 Hirafu Maru
比羅夫丸 Hirafu Maru (1908)
大阪高知線 大阪商船(株) 明40.4.22(1907)開設大正期昭6.10.30(1931)土佐商船に譲渡
昭和6年(1931)10月30日、使用船浦戸丸、室戸丸と共に本航路を土佐商船に譲渡した。
守江宇和島線 大阪商船(株) 明44.6.1(1911)開設−同年11.22日出貝塚線−大正期昭3.2.10(1928)宇和島運輸に譲渡
昭和3年(1928)2月10日限り宇和島運輸に譲渡。
大阪須崎線 大阪商船(株) 大13.4.12(1924)開設昭5.1.10(1930)廃航
土佐同盟汽船の協定船天佑丸が室戸に寄港。昭和5年(1930)1月10日廃航。
大阪高松直航線 大阪商船(株) 大13.4.12(1924)開設昭3.12.1(1928)大阪多度津線−昭17.5(1942)関西汽船へ譲渡
昭和3年(1928)12月1日、大阪多度津線と改称。大信丸、大智丸の2隻が毎日1航海し、神戸/高松に寄港。多度津碇泊中坂出に延航した。昭和5年(1930)7月から坂出を連絡地として琴平急行電鐵と旅客のみの船車連絡を開始。昭和9年(1934)1月住友汽船との間に阪神今治間の航路に関する協定が成立。昭和13年(1938)10月、大阪今治線と改称。昭和17年(1942)5月に関西汽船へ譲渡。
大信丸 Daishin Maru
大信丸 Daishin Maru (1905)
客室を増設後の姿
S.Kizu
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