豪州航路 - 明治時代後期 戻る

日本郵船

濠州航路 明29.10.3(1896)開設大正期昭16.8(1941)休止昭27.8.22(1952)再開海運再建期海運集約期
日本郵船は開業当初より濠州航路開設を計画していたが日清戦争後、孟買航路と共に政府による特定航路助成を受命し明治29年(1896)10月3日横濱出航の山城丸により開始した。 明治32年(1899)8月からマニラにも寄港した。
1896.10.3(明29)【寄】横濱/神戸/門司/長崎/香港/木曜島/タウンスビル/ブリスベーン/シドニー【船】山城丸、近江丸、東京丸
1897(明30)【船】山城丸、近江丸、東京丸、相模丸、若狹丸、春日丸
1899.4(明32)横濱メルボルン線と改称【船】春日丸、二見丸、八幡丸
1900(明33)【船】春日丸、二見丸、信濃丸、ろせった丸、八幡丸
1901(明34)【船】春日丸、八幡丸、熊野丸
1902(明35)【寄】横濱/神戸/門司/長崎/香港/マニラ/サースデーアイランド/タウンズビル/ブリスベーン/シドニー/メルボルン【航】月1回【船】春日丸、熊野丸、八幡丸
1904.7(明37)日露戦争期間中(明治37年〜明治38年)は八幡丸の一航海を除き休航【船】八幡丸
1906(明39)【船】八幡丸、日光丸、熊野丸

山城丸
山城丸 Yamashiro Maru (1884)

八幡丸
八幡丸 Yawata Maru (1898)

日光丸
日光丸 Nikko Maru (1903)
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