印度パキスタン航路 - 戦後占領期 戻る

日本郵船

印度パキスタン航路 昭26.4.18(1950)開設−海運再建期−海運集約期
昭和26年(1951)4月、邦船社3グループによる共同運航による航路開設が許可され日本郵船は三井船舶と提携し月3回の定期サービスを開始した。
1951.5.24(昭26)第1船春光丸が東京港を出航【寄】往航が横浜/清水/名古屋/大阪/神戸/門司/シンガポール/マドラス/ボンベイ/カラチ、復航が横カラチ/ボンベイ/コーチン/シンガポール/大阪【航】月3回【船】春光丸(用船)

春光丸
春光丸 Shunko Maru (1951)

山下汽船

印度・パキスタン定期航路 昭25.3(1950)開設−海運再建期−昭39.4.1(1964)山下新日本汽船へ継承
昭和25年(1950)3月、海運各社はGHQにボンベイ・カラチ航路の開設を申請。山下汽船、新日本汽船は大阪商船と提携、山下汽船は大阪商船のアンダーウィング(準会員)として年間6航海、ペルシャ湾延航は認められなかったが昭和38年(1963)2月、同盟の正会員となった。
1951.7.23(昭26)【寄】山殿丸が第1船として横浜を出航【航】年6回【船】山殿丸
1963.2(昭38)同盟の正会員となる

山殿丸
山殿丸 Yamadono Maru (1945)

改造後の姿
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