中国・四国方面 - 明治前期 戻る

中国・四国/国内航路

国内航路 北海道方面 幕末・維新-明治前期-明治後期-大正期-昭和初期
国内航路 東北・関東方面 幕末・維新-明治前期-明治後期-大正期-昭和初期
国内航路 中部・近畿方面 幕末・維新-明治前期-明治後期-大正期-昭和初期

中国・四国内

四国沿岸航路 開成社 明治前期
幡多郡下田港及び高岡郡須崎港行の航路あり.大和丸は岩崎虎太郎所有の汽船と思われる.
1880(明13)[船]大和丸
岡山尾道線 偕行会社 明治前期
編集中.
1883(明16)[港]岡山/高松/多度津/鞆/(尾ノ道)尾道[船]安凌丸
岡山多度津線 偕行会社 明治前期
編集中.
1883(明16)[港]岡山/高松/多度津[船]第二凌波丸
岡山尾道線 船場会社 明治前期
編集中.
1883(明16)[港]岡山/丸亀/多度津/鞆/尾道[船]長久丸
山陽航路・馬關廣島線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-明18(1885)下半期に廃航
大阪商船設立時第ニ支線として開設.
1884.9(明17)[港]馬關/三田尻/室津/大畑/外入/新湊/宮島/廣島[船]周陽丸
1885(明18)上半期寄港地変更[港]三田尻/徳山/下松/室津/柳井/新湊
1885(明18)下半期に廃航
山陽航路・廣島尾道線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-明17.12(1884)に廃航
大阪商船設立時第三支線として開設.
1884.12(明17)業績振るわず廃航[港]廣島/宮島/新湊/大畑/阿賀/三津濱/今治/尾道[船]大蔵丸
四国航路・大阪洲本線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-明32.8.1(1899)大阪由良線-大3.12.1(1914)攝陽商船に譲渡
大阪商船設立時第十五本線として開設.
1884.9(明17)[港]大阪/兵庫/假屋/志筑/洲本[航]毎日1回両地発航[船]淡路丸,第三淡路丸
1891(明24)[航]毎日両地発航[船]汽船1隻
1893.7(明26)[航]毎日2回発航[船]汽船2隻
四国航路・大阪撫養線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-同年7月廃止
大阪商船設立時第十六本線として開設.
1884.5.1(明17)[港]大阪/兵庫/撫養[船]撫養丸
1884.11(明17)廃航
四国航路・大阪宇和島線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設明36.10.11(1903)大阪宿毛線-明44.6.1(1911)大阪四國線-
大正期昭4.3.6(1929)伊豫経由大阪細島線と合併
大阪商船設立時第九本線大阪宇和島線として開設.
1884(明17)[港]神戸/多度津/今治/三津濱/長濱/別府/大分/佐賀關/八幡濱[船]新八幡丸,新和歌浦丸,第四大分丸
四国航路・大阪廣島線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-明22.7.1(1889)大阪岡山線-明25.6.16(1892)大阪玉島線-
明26.1(1893)大阪多度津線-同7月大阪玉島線明28.7(1895)大阪多度津線明30.3(1897)廃航
大阪商船設立時第十本線として開設.明治17年(1884)5月1日大阪出航の太勢丸を第1船として開始.
1884.5.1(明17)[船]太勢丸
1884.9(明17)[港]大阪/神戸/高松/丸亀/多度津/鞆津/尾道/竹原/音戸/廣島[船]長久丸,廣凌丸,無事丸,廣島丸,第二廣島丸
1885(明18)上半期以降岡山,小豆島に寄港
1886(明19)下半期以降笠岡,福山に寄港
1887(明20)下半期以降使用船変更[船]狹貫丸、備前丸、末廣丸、盛行丸、平辰丸、巳卯丸、太陽丸、第二三光丸、一丸、第二廣島丸、第二凌波丸
1888(明21)使用船を2隻に減じる
1889.7.1(明22)大阪発廣凌丸を最終船として,大阪岡山線と改称.岡山碇泊中は丸亀,多度津,笠岡,福山に延航[航]毎月10回両地発航[船]廣凌丸
1892.6.16(明25)玉島に延航して大阪玉島線と改称[港]大阪/神戸/岡山/土ノ庄/高松/多度津/廣島
1893.1(明26)多度津止として大阪多度津線と改称
1893.7(明26)玉島へ延航して大阪玉島線と改称
四国航路・大阪須崎線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-同年12月廃止
大阪商船設立時第十八本線として開設.
1884.5.1(明17)[港]大阪/神戸/高知/須崎[航]週1回(出航日不定)[船]平穏丸
1884.12(明17)三菱会社の同航路開設,収益不足等により廃航
四国航路・大阪徳島線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設明治後期大14.1.16大阪小松島線
昭6.10.30(1931)攝陽商船に譲渡
大阪商船設立時第十三本線として開設.
1884.9(明17)大阪徳島偶数日出航船は兵庫に寄港,随時寄港地を省略,一日2隻発航することあり[航]毎日両地出航[船]巳卯丸,新朝陽丸
四国航路・飾磨多度津線 (有)大阪商船会社 明17.5.1(1884)開設-同年11月廃止
大阪商船設立時第四支線として開設.
1884.5.1(明17)[港]飾磨/網干/石見/室津/坂越/牛窓/岡山/丸亀/多度津[航]毎奇数日両地発航[船]第一兵庫丸
1884.11(明17)廃航,以降は臨時船とした
新居浜尾道航路 住友吉左衛門 明治前期明治後期大正期
編集中.
1895(明28)[港]{往航}新居浜6:00/西條(06:40着,06:55発)/今治(08:20着,08:40発)/尾道12:00{復航}/尾道13:30/今治(17:30着,17:50発)/西條(19:10着,19:20発)/新居浜20:00[船]木津川丸[片賃]新居浜/尾道(上等0・70中等0・52下等0・35)

木津川丸 Kizukawa Maru (1888)
九州航路・尾道門司線 (有)大阪商船会社 明25.9.10(1892)開設明31.12.20(1898)山陽汽船商社に譲渡
明治25年(1892)9月10日開設.山陽鐵道(兵庫/糸崎)および九州鐵道(門司/熊本,鳥栖/佐賀)と3線船車連絡を実施した.
1892.9.10(明25)[航]日1回両地発航[船]汽船2隻

九州・沖縄方面

多度津伊万里線 偕行会社 明治前期-明17.5(1884)大阪商船設立
編集中.
1883(明16)[港]多度津/三津濱/上関/三田尻/馬關/博多/唐津/伊万里[船]静凌丸,運貨丸
九州航路・赤間關長洲線 (有)大阪商船会社 明21.7(1888)開設明30.3.1(1897)廃航
明治21年(1888)7月開設.
1888.7(明21)[港]赤間關/中津/宇島/長洲[航]毎月両地発航[船]汽船1隻
1889.4(明22)赤間關長洲線と改称
尾道博多線 偕行会社 明治前期-明17.5(1884)大阪商船設立
明凌丸の配船から大阪商船の設立後に大阪博多線へ継承されたと思われる.
1883(明16)[港]尾道/多度津/廣島/上関/三田尻/馬關/博多[船]明凌丸

明凌丸 Meirio Maru (1877)
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