中部・近畿方面 - 大正期 戻る

直江津小樽線及び直江津函館線 直江津商船(株) 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
起点は小樽。
1925(大14)[港]小樽/新潟/佐渡/直江津[船]米山丸
穴水航路 能越汽船 明治前期−明治後期−大正期−昭和初期
能越汽船が運航する能登沿岸航路。鐵道院七尾線矢田新駅で鉄道に連絡。
[港]七尾/穴水
1917.4.15(大6)矢田新駅は七尾港駅に改称
飯田航路 能越汽船 大正期−昭和初期
能越汽船が運航する能登沿岸航路。鐵道院七尾線矢田新駅で鉄道に連絡。
[港]七尾/蛸島
下関線 尼崎汽船部 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
大阪より若松に至る航路。
九州線 尼崎汽船部 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
大阪より若津に至る航路
[港]神戸/高松/多度津/今治/三津濱/関門/博多/唐津/呼子/伊万里/平戸/佐世保/長崎/三角/島原/若津[航]日1回
中国線 尼崎汽船部 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
大阪より門司に至る航路。毎日1回発。
[港]神戸/坂手/高松/多度津/鞆/尾道/糸崎/忠海/竹原/阿賀/音戸/鍋/呉(吉浦)/宇品/宮島/岩国/久賀/柳井/室津/上関/室積/下松/三田尻/新川/門司/下関[航]日1回
1925.10(大14)新造船浪切丸が就航[船]浪切丸
岡山線 尼崎汽船部 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
大阪より多度津に至る航路。
[港]神戸/牛窓/九蟠/岡山/土庄/高松/日比/田ノ口/味野/下津井/丸亀/多度津[航]日1回
浪切丸 Namikiri Maru
浪切丸 Namikiri Maru (1925)

S.Kizu
西廻鹿児島線 尼崎汽船部 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
[港]神戸/高松/多度津/今治/三津濱/関門/博多/唐津/平戸/佐世保/長崎/鹿児島[航]日1回
播州線 尼崎汽船部 明治後期−大正期−昭和初期−太平洋戦争
大阪より坂越に至る航路。
[港]兵庫/明石/高砂/木塲/飾磨/網干/室津/相生/坂越[航]日1回
濱名湖航路 濱名湖巡航船(株) 明40(1907)開設大正期−昭和初期−太平洋戦争−戦後占領期−海運再建期−海運集約期
1926(大15)[港]新居/村櫛/鷲津/新所/入出/大知波/横山/瀬戸/尾奈/三ヶ日/大崎/都築/佐久米/館山寺/寸座/下気賀/気賀[船]第二巡航丸、第十巡航丸、第十三巡航丸
蒲郡鳥羽間航路 堀田商会 大正期−昭和初期
東海道線蒲郡駅で鉄道と連絡した。
琵琶湖周辺鉄道連絡航路 湖南汽船(株) 大正期−昭和初期
大津電車軌道線経由の比叡登山回遊と湖南回遊。
1916(大5)[港]阪本/濱大津
山陽航路・大阪下關線 大阪商船(株) 明17.5.1(1884)開設明治後期大正期昭10.3(1935)攝陽商船に譲渡
明治期に開設された大阪馬關線を改称。当航路の競争船として活躍したのは尼崎汽船であったがその都度協定のうえ共存の実をあげた。わが国最初のディーゼル旅客船音戸丸が大正13年(1924)2月、当航路に配船され、翌年4月には姉妹船早鞆丸、三原丸が就航した。
音戸丸 Ondo Maru
音戸丸 Ondo Maru (1924)
紀州以東航路・大阪日方線 大阪商船(株) 明治後期−明34.10.1(1901)大阪箕島線−明37.9.1(1904)大阪田邊線−
明39.4.27(1906)大阪三輪崎線大正期昭6.2.25(1931)廃航
大正5年(1916)2月以降、寄港地は兵庫/和歌浦/箕島/湯浅/比井/御坊/印南/南部。大正9年(1920)6月11日、寄港地の一部を大阪名古屋線に編入し廃航の予定とし攝陽商船が経営。
紀州以東航路・大阪熱田線 大阪商船(株) 明33.4.23(1900)開設−明42.3.6(1909)大阪名古屋線−大正期昭和初期
大正13年(1924)に有田鐵道と船客のみの船車連絡を開始した。
1926.2(大15)以降、使用船を5隻に減じた[航]日1回両地発航[船]加茂川丸、湊川丸、新高知丸、保津川丸、第六宇和島丸
1924.11(大13)湯浅を連絡地として有田鐵道と船客のみの船車連絡を開始
加茂川丸 Kamogawa Maru
加茂川丸 Kamogawa Maru (1889)
紀州以東航路・尾鷲津線 大阪商船(株) 明44.7.16(1911)大2.2(1913)廃航
大正2年(1913)2月に廃航。
紀州以東航路・大阪和歌山線 大阪商船(株) 明17.5.1(1884)開設−明32.4.1(1899)大阪田邊線−同年12.27大阪三輪崎線−
明39.4.27(1906)廃止明44.12.14(1911)大阪三輪崎急航線として開設大2.3.1(1913)大阪勝浦急航線大3.1(1914)大阪勝浦線
昭13.11(1938)休航
1923.10.7(大12)神戸出航の鹿山丸を第1船として開始。往航:鉄板・雑貨、復航:名古屋、阪神揚げ揮発油・雑貨[航]月3回[船]鹿山丸、大明丸
1924.1(大13)[船]東裕丸、糸崎丸、東祥丸、玉榮丸
1924.8.1(大13)出貨激減のため定期配船を一時中止
1929.10.16(昭4)神戸発の玉榮丸以降月2回配船[船]玉榮丸、大明丸
1930(昭5)[船]東裕丸、祝丸
1931(昭6)[船]鹿山丸、能代丸
1933.4(昭8)積荷減少により配船数減[航]月1回
1934(昭9)12月〜3月冬季配船[船]糸崎丸、おは丸
厦門丸 Amoy Maru
厦門丸 Amoy Maru (1906)

今治市築港岸壁

H.Nakamura
阪神/芝浦航路 川崎汽船(株) 大12.10.7(1923)−昭12.3.7(1937)廃止
1923.10.7(大12)神戸出航の鹿山丸を第1船として開始。往航:鉄板・雑貨、復航:名古屋、阪神揚げ揮発油・雑貨[航]月3回[船]鹿山丸、大明丸
1924.1(大13)[船]東裕丸、糸崎丸、東祥丸、玉榮丸
1924.8.1(大13)出貨激減のため定期配船を一時中止
1929.10.16(昭4)神戸発の玉榮丸以降月2回配船[船]玉榮丸、大明丸
1930(昭5)[船]東裕丸、祝丸
1931(昭6)[船]鹿山丸、能代丸
1933.4(昭8)積荷減少により配船数減[航]月1回
1934(昭9)12月〜3月冬季配船[船]糸崎丸、おは丸
鹿山丸 Rokusan Maru
鹿山丸 Rokusan Maru (1918)
阪神/北海道航路 川崎汽船(株) 大13.5(1924)開設−大14.11(1925)廃止
東回り線と西回り線の2線。
1924.5.10(大13)西回り線第1船東泰丸、大阪出航[港]東回り線:大阪/神戸/熱田/清水/横濱/小樽 西回り線:大阪/神戸/門司/新潟/小樽[航]1ヶ月1回[船]東泰丸、昌福丸
1924.5.20(大13)東回り線第1船昌福丸、大阪出航[船]東泰丸、昌福丸
1924.11(大13)昌福丸を榮丸に入替え[船]東泰丸、榮丸
1925.6(大14)東泰丸転配により減船
1925.8(大14)榮丸転配により減船。西回り線のみ運行[航]1ヶ月1回[船]東祥丸、呉淞丸、能代丸
榮丸 Sakaye Maru
榮丸 Sakaye Maru (1902)
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