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年の瀬 2015.12.19
SEA BASS 5

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ポートサービスの観光船シーバス5 Sea Bass 5 (1989)

1989.8.19 横浜港
船舶史稿 2015.12.1
PHOENIX I
船舶史稿 海運会社船歴編 第28巻発行(12/1)

日下部汽船、隠岐汽船、阿波國共同汽船、共同汽船船舶史
インドネシアの貨物船PHOENIX I (1951)
前身は第6次計画造船により建造された阿波國共同汽船の戦後初の新造船阿波丸Awa Maru (4,786G/T)。西日本重工広島建造のタービン主機のたるしま丸型で後に主機をディーゼルに換装した。写真は1977年(昭52)11月30日に清水港で撮影、翌年7月14日にセレベス海で沈没した。
向寒の候 2015.11.7
沖ノ島丸
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京阪電氣鐵道の沖ノ島丸 Okinoshima Maru (1909)

もと太湖汽船の竹生島丸 Chikubujima Maruで明治42年(1909)に大阪の原田造船鐵工所が建造した。
船舶史稿 2015.10.11
ろせった丸船舶史稿 輸入船船舶史 第2巻 (明治後期編)発行
輸入船船舶史 第二巻 (明治後期編)

ろせった丸 Rosetta Maru (1880)
晩年、朝日新聞社の満韓巡航船となった姿。国立国会図書館の近代デジタルライブラリで「ろせった丸満韓巡遊紀念写真帖 朝日新聞写真班撮影」(明38)が公開されている。
日本の海運会社 2015.9.22
玉榮丸日本の海運会社・尼崎汽船を追加
玉榮丸 Tamaye Maru (1917)
大正期に名村造船鐵工所が大阪の新田造船所の分工場で同型船第二玉榮丸と共に建造した小型貨物船。本船は昭和20年(1945)4月、鳥取県境港港内で爆発事故により沈没し多くの犠牲者を出した。

S.Kizu
船種別 漁業調査船・練習船 2015.8.23
照南丸船種別 漁業調査船・練習船
水産試験船を追加

照南丸 Shonan Maru (1931)
臺灣総督府が三菱長崎造船所で新造した水産試験船。主機は三菱神戸造船所製のディーゼル機関2基を搭載。なお三菱長崎の資料には船名が昭南丸とあるが船名録及び台湾総督府水産試験場の資料より照南丸と確認。
船舶史稿 2015.8.9
釜山丸船舶史稿 輸入船船舶史 第1巻 (幕末〜明治中期編)発行

釜山丸 Fusan Maru (1883)
ドイツ・フレンスブルクで建造された鉄製汽船。明治28年(1895)に輸入され晩年はカニ工船として使用された。第1次船舶改善助成施設により昭和9年(1934)解体。
七夕 2015.7.7
各時代各航路を更新中
威海丸 土佐丸
日本郵船の威海丸 Ikai Maru (1872)
右写真は土佐丸(画面左)と共に横浜港で撮影されたもので欧州航路開設時の写真として広く知られているが右側の船が威海丸であることは日本郵船の社史にも記載がない。
日本の海運会社 2015.6.7
白鹿丸日本の海運会社・辰馬汽船の大正期の船歴を追加

白鹿丸 Hakushika Maru (1917)

淺野造船所が大正期に建造した1万1000重量トン級の大型標準船A型の第1船。辰馬汽船の歴史は灘の銘酒「白鹿」の醸造元である辰馬家まで遡る。

1935.2.15 - City of Vancouver Archives
船舶史稿 2015.5.23
日昌丸船舶史稿 海運会社船歴編 第27巻発行(6/1)

南洋海運・東京船舶船舶史、栗林商船船舶史
戦後に撮影された東京船舶の日昌丸 Nissho Maru (1939)
南洋海運の日本/ジャワ航路に就航した貨客船。太平洋戦争中は陸軍に徴用され昭和17年(1942)3月に雷撃を受け船底が大破して船体は23度傾いたが仕切扉の閉鎖に成功。船長吉田啓象氏は「船は助かる!沈まないと思った」("日昌丸を守る"「武器なき海」 昭36)という。太平洋戦争後はインドネシア定期航路再開第1船となり巡航見本市船としても活躍した。
Tokyo Senpaku
立夏 2015.5.6
第二極洋丸年表を更新中

極洋捕鯨の鯨工船第二極洋丸 Kyokuyo Maru No.2 (1943)
昭和31年(1956)に極洋捕鯨が輸入した鯨工船。竣工時は貨物船であったが昭和25年(1950)に改造された。当初は南氷洋へ出漁したが昭和41年(1966)からは極洋丸船団に代わって北洋捕鯨に出漁(写真、横浜港山下埠頭)、昭和50年(1975)に解体のため韓国へ売却された。
春の空 2015.4.4
黒潮丸サイト内整理中

中外海運の高速油槽船黒潮丸 Kuroshio Maru (1939)
播磨造船所で建造されたタービン主機の高速油槽船。船主の中外海運は東和汽船社長菊地吉蔵と元大連汽船専務取締役増田義男の両氏が昭和12年(1937)神戸に設立した海運会社。
海運集約期 昭和海運 2015.3.29
ARIAKE
海運集約期・昭和海運 小史を更新

ARIAKE (1978)

もともとは日立造船有明工場で建造された撒積貨物船PEARL CITADEL。進水後にARIAKEと改名され後に昭和海運へ売却され昭明丸と改名された。
料峭 2015.2.23
豐橋サイト内整理中

豐橋 Toyohashi (1889)

海軍省が明治27年(1894)に購入した3檣の汽船(2,878G/T)で水雷母艦、潜水艇母船として使用された後、大正4年(1915)日本海員掖済会に払下げられ練習船に改造、同11年(1923)尻屋崎付近で座礁。引揚後、新エ商会に売却、新エ丸と改名、さらに転売後の昭和2年(1927)には日本工船漁業の北洋漁業カニ工船榮徳丸となった。昭和10年(1935)10月、佐渡の沖合北西約200浬で暴風雨により行方不明となり波乱の一生を終えた。
海運集約期 第35次計画造船 2015.1.12
山珠丸海運集約期 第35次計画造船を追加

山下新日本汽船の油槽船山珠丸 Yamatama Maru (1980)
原油の輸入先が南米諸国、アフリカ諸国等に多様化するに伴い積地の港湾事情に適した中小型の油槽船が整備された。

S.Kizu
敬頌新禧 2015.1.1
マリーンルージュ

横浜港とともに20余年

ポートサービスのマリーンルージュ Marine Rouge (1992)

港内クルーズ船として活躍中。

2009.10.31 横浜港

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