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船種別 2014.12.28
濱風丸運輸省航海訓練所の練習船を更新

濱風丸 Hamakaze Maru (1945)
太平洋戦争後、航海訓練所では2E型戦標船が数隻練習船として使用された。偶然であろうが三菱若松造船所、東京造船所、川南深堀造船所建造船が揃っていたことは注目に値する。
師走 2014.12.7
Petoro Kureサイト内整理中

昭和27年(1952)12月31日、N.B.C.呉造船所で竣工した油槽船PETORO KURE(Universe Tankership Inc.発注 21,262G/T 37,500D/W)

旧呉海軍工廠の建造施設を借用して営業を始めたN.B.C.呉造船所の建造第1船。同社が戦後のわが国の造船業界へ与えた影響は大きい。
向寒 2014.11.24
雪風丸サイト内整理中

東商海運(静岡)の雪風丸 Yukikaze Maru (1956)

もと事代漁業の鮪漁船第十八事代丸 Kotoshiro Maru No.18

1975.2.26 清水港
日本の造船会社 2014.10.15
日立造船神奈川工場

日本の造船会社を掲載開始

トップページ上段にリンクを追加。

日立造船神奈川工場の1号ドック。入渠中の船は日本郵船のコンテナ船白山丸 Hakusan Maru (1973)。
船種別 2014.10.5
海王丸
船種別 練習船・運輸省航海訓練所を更新

海王丸 Kaiwo Maru (1989)

財団法人練習船教育後援会が建造し航海訓練所が裸用船した練習帆船。10年前の平成16年(2004)10月、台風23号の強風により富山港で座礁事故が発生。14ヶ月後に修理完工した。
日本の海運会社 2014.9.15
白頭山丸
日本の海運会社・朝鮮郵船を更新

白頭山丸 Hakutosan Maru (1925)

朝鮮郵船の新造貨客船。創立後は朝鮮半島沿岸航路を経営していた同社は大正期に入り近海航路へ航路網を延ばしていった。
海運集約期 第34次計画造船 2014.9.6
剛邦丸

海運集約期 第34次計画造船を追加

飯野海運の油槽船剛邦丸 Goho Maru (1979)

第34次計画造船は隻数では9隻と少ない。本船は川重坂出造船所建造だが他の3隻の油槽船は全て石播呉工場で建造されている。
太平洋戦争 2014.8.31
DAIRETSU MARU
太平洋戦争 戦時標準型貨物船A型を更新

日本海汽船の2A型戦標船大烈丸 Dairetsu Maru (1944)

太平洋戦争後のA.B.船級取得工事の際に三島型へ改造された。

1955.4.16 - City of Vancouver Archives
日本の海運会社 2014.8.14
天女丸日本の海運会社・攝陽商船株式会社を追加
攝陽商船は30年に満たない存続期間の中でバラエティに富んだ船隊を有し、各船の船歴も実に興味深いものが多い。現在、一覧表を含めて所有船舶の編集中。
天女丸 Tennyo Maru (1931)
大阪/洲本航路用に新造されたディーゼル主機の旅客船。同社のファンネルマークは大阪商船に酷似している。船体は白色。のち関西汽船に移籍し、太平洋戦争後も活躍した。
極暑 2014.7.27
武蔵野丸
サイト内整理中

三和船舶の冷凍貨物船武蔵野丸 Musashino Maru (1968)

同社は昭和30年(1955)、三井船舶と日本冷蔵の共同出資により設立された。
日本の海運会社 2014.7.19
ばいかる丸
日本の海運会社・極洋捕鯨
戦後の所有船舶を更新中。

ばいかる丸 Baikal Maru (1921)
昭和24年(1949)10月から翌年3月にかけて佐野安船渠で近海鯨工船に改造中のばいかる丸。船尾には既にスリップウェイが設けられ煙突も2本並行に据え付けられた姿には往年の大連航路の貨客船時代の面影はない。さらに昭和26年(1951)には南氷洋鯨工船に改造された。
船種別 2014.7.13
第二十六興南丸
船種別 漁船 捕鯨船(戦後占領期-海運再建期)を更新中。

日本水産の捕鯨船第二十六興南丸 Konan Maru No.26 (1957)

日本水産が戦後、捕鯨船隊増強のために建造した750総トン級捕鯨船第十興南丸型の一隻。
七夕 2014.7.7
東燃丸

調査の栞を更新

2011年12月末と1962年7月現在のわが国の大型船舶比較


東燃タンカーの油槽船東燃丸 Tonen Maru (1961)

船舶史稿 2014.6.28
翔洋丸船舶史稿 第26巻発行(7/1)

石崎汽船・共栄タンカー・馬場大光商船船舶史
(馬場汽船、大光商船含む)
石崎汽船のカーフェリー翔洋丸 Shoyo Maru (1990)
松山観光港/呉/広島航路に就航中。石崎汽船は明治・大正時代から社名が変わらずに存続している数少ない船会社のひとつ。

2011.8.26 呉港
日本の海運会社 2014.6.21
愛宕丸日本の海運会社・日之出汽船

明治後期から太平洋戦争までの船歴を更新
戦後の輸入船愛宕丸 Atago Maru (1928)
昭和26年(1951)9月22日に引渡しを受けた船齢23年の貨物船。英国の名門造船所W. G. Armstrong社で建造された。

1954.7.11 - City of Vancouver Archives
昭和初期 阿弗利加航路 2014.6.8
かなだ丸昭和初期 阿弗利加航路就航船舶を更新

大阪商船は阿弗利加航路を開設のため大正15年(1926)3月にかなだ丸を試航させた。同年4月には政府の命令航路となり同型船4隻による月1回のサービスが開始された。

パナマ運河を通過中のかなだ丸 Canada Maru (1911)
海運集約期 第33次計画造船 2014.6.4
若波丸海運集約期 第33次計画造船を追加

第32次、第33次計画造船では重量物運搬船が多く建造されている。


日本郵船の重量物運搬船若波丸 Wakanami Maru (1978)

1985.8.11 横浜港・大さん橋
青葉の候 2014.5.31
満潮サイト内整理中

一等駆逐艦荒潮 Arashio (1937)
昭和9年度計画朝潮型駆逐艦の4番艦。翌年に竣工した5番艦朝雲と共に川崎造船所艦船工場で建造された。試運転最大速力は35.170ノット。昭和18年(1943)ダンピール海峡クレチン岬の南東30浬で空爆により沈没。
日本の海運会社 2014.5.24
春光丸日本の海運会社に日本汽船株式会社を追加

日本汽船という名の海運会社は明治期以降複数存在するが昭和19年(1944)に発足した日本近海汽船が同社の前身。第5次計画造船で建造された春光丸 Shunko Maru (1951)
昭和26年(1951)に日本郵船に用船され同社インド・パキスタン航路再開の第1船として東京港を出航。
海運集約期 第32次計画造船 2014.4.28
若菊丸
海運集約期 第32次計画造船を追加

日本郵船の重量物運搬船若菊丸 Wakagiku Maru (1978)

プラント類の長大化に対応するため長大艙口を設け、艙内と中甲板にピラーレス構造のカンチレバー方式を採用。船体中央部に500tのヘビーデリックを装備した。
若葉の候 2014.4.26
第五真盛丸

サイト内整理中

原商船の貨物船第五真盛丸 Shinsei Maru No.5 (1957)

著名な船舶画家大久保一郎氏による進水記念絵葉書。
戦後占領期 計画造船 2014.3.2
海光丸
戦後占領期 計画造船(1次〜8次)を更新
第1次計画造船KD型 海光丸 Kaiko Maru (1948)
日本近海汽船(日本近海機船)の貨物船。同社は太平洋戦争中に近海及び中国関係の運航2社を合併して発足。後に日本汽船と改称。
日本の海運会社 2014.2.23
くろがね丸
大阪商船の所有船舶 太平洋戦争
くろがね丸 Kurogane Maru (1926)
大正期に建造された池田商事の貨物船。太平洋戦争中に大阪商船へ移籍されたが戦後、再び池田商事の所有となった。
船舶史稿 2014.1.25
大元丸
船舶史稿 第25巻発行(2/1)

山下新日本汽船船舶史・太洋海運船舶史

下村汽船の大元丸 Taigen Maru (1917)
下村汽船は大阪鐵工所の下村耕次郎が同社退職後、太洋海運常務取締役石田貞二と共に設立した海運会社。本船は下村個人が所有していた輸入船で下村汽船設立直後に同社へ移籍し太洋海運が裸用船して運航し主に米材輸送に活躍した。
謹賀新年 2014.1.1
たかちほ
海洋秩序を守るために

巡視船たかちほ PS17 Takachiho (2011)

宮崎海上保安部所属の180トン型巡視船。観閲式にて巡視船いず Izu より撮影。

2012.6.2 東京湾

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