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お知らせ 2007.12.24
船舶一覧表の記載誤りについて
各船会社の概要に記載している船舶一覧表に新造船以外(購入船など)の進水年の表記が取得年になっているものや一部に建造所の誤記がありましたが訂正を完了しました。
KDD MARU
ケーディーディー丸 KDD Maru (1967)
海運集約期 昭和海運 2007.12.23
第五ブリヂストン丸
海運集約期 昭和海運 LPG専用船を追加

第五ブリヂストン丸 Bridgestone Maru No.5 (1969)

昭和44年に竣工した当時世界最大級のLPG専用船。
扇昭丸
海運集約期 昭和海運 鉱石/油兼用船を追加

扇昭丸 Sensho Maru (1976)

第31次計画造船で建造された19万重量トン級の鉱石/油兼用船。
日本丸メモリアルパーク
Christmas Night
NIPPON MARU

日本丸メモリアルパークで恒例のクリスマスナイト日本丸が開催された。





Yokohama Minatomirai 21 - 2007.12.23
冬の空 2007.12.1
氷川丸 横浜マリンタワー
改装中の氷川丸 Hikawa Maru (1930)
2007.12.1 横浜・山下公園から撮影
改装中の横浜マリンタワー Yokohama Marine Tower
2007.12.1 横浜人形の家から撮影
明治後期 本邦建造船 2007.11.10
第六犬島丸
明治後期 本邦建造船 石川島造船所を更新

第六犬島丸 Inushima Maru No.6 (1899)

大阪市の築港工事用の石材運搬船として大阪鐵工所と東京石川島造船所浦賀分工場で建造された。第一犬島丸の一般配置図や大阪市の築港工事の資料は国会図書館の近代デジタルライブラリーで公開されている。
サイト内整理中 2007.11.3
CRYSTAL HARMONY
クルーズ船 CRYSTAL HARMONY (1990)

三菱重工業長崎造船所で艤装中のクリスタル・クルーズ社のクルーズ船 Crystal Harmony クリスタル ハーモニー。現在は飛鳥II Asuka II (50,142G/T)となって郵船クルーズが所有、運行中(写真下)。

1989.12.9 長崎港
飛鳥II
飛鳥 II Asuka II (1990)

2007.9.22 横浜港・大さん橋
日本の船会社 2007.10.14
氣比丸
日本の船会社・北日本汽船

北日本汽船の所有船舶を更新。樺太航路に樺太航路略図を追加

敦賀北鮮浦鹽線用の新鋭貨客船月山丸型の第2船として起工され昭和13年12月、浦賀船渠で進水する氣比丸 Kehi Maru。後に日本海汽船の設立に伴い月山丸と共に移籍。昭和16年11月5日午後10時、城津の沖合で浮遊機雷に触雷して沈没。この事故の記録は同社が昭和18年に発行した「氣比丸遭難追悼録」に詳しい。
サイト内整理中 2007.10.6
君鶴丸
山下新日本汽船の君鶴丸 Kimizuru Maru (1976)

新日本製鐵の積荷保証により第30次計画造船で建造された17万重量トン級の鉱石/油兼用船。

提供 K.Sato
大正期 本邦建造船 2007.9.29
御崎丸
大正期 本邦建造船 播磨造船所・吉備丸型を追加

日本汽船の御崎丸 Misaki Maru (1916)

吉備丸型の第2船。播磨造船所の第3番船で、当時新船台はなお工事中で本船は仮船台で建造された。
Eastern Soldier (1920)
日米船鉄交換船 Eastern Soldier (1920)

鈴木商店の傘下にあった帝國汽船播磨造船所が建造した10,000重量トン級の日米船鉄交換船 Eastern Shore型の第4船。第1次世界大戦勃発後の船舶需要を見込んで鈴木商店鉄材部は同社ロンドン支店の高畑誠一(日商の創業者)を通じてコンサルティングエンジニア、ワーレス氏に標準船の設計と材料表作成を依頼した。当時、播磨造船所の拡張工事が遅延したため新造船は三菱長崎造船所他へ発注された。日本郵船が取得したぜのあ丸もこの関連かと思われる。
戦後占領期 船腹の改造・修理 2007.9.23
第二天洋丸
戦後占領期 改造船にTL型戦標船を追加

大洋漁業の冷凍運搬船第二天洋丸 Tenyo Maru No.2 (1947)

昭和19年に川崎重工業神戸造船所艦船工場で起工された大阪商船の大橘丸 Daikitsu Maruが前身で工事中止となっていた本船を戦後、大洋漁業が購入して冷凍運搬船として完成させた。
サイト内整理中 2007.9.15
にっぽん丸
商船三井客船のクルーズ船にっぽん丸 Nippon Maru (1990)

現在、商船三井客船が運航する唯一のクルーズ船。写真は、横浜港起点の「秋の横浜ウィークエンド クルーズ」にむけて出航準備中の本船。


2007.9.15 横浜港・大さん橋 
日本の船会社 2007.9.8
日本の船会社・八馬兼介及び八馬永蔵の船歴を追加
第一多聞丸
第一多聞丸 Tamon Maru No.1 (1894)

政府が中古船輸入防止のため明治44年7月に実施予定の関税改正を見越して社外船主が合計47隻輸入した汽船のうちの1隻。八馬家は和船の時代から酒造用の米穀・酒類の売買、運送を家業としていた。
日本の船会社 2007.9.2
ニッスイ
日本の船会社・日本水産を追加

日本水産株式会社の起源は田村市郎が起業した明治41年に遡るが、長い歴史の中で「日本水産株式会社」という名称は数回登場する。現在の同社は昭和20年12月1日に水産統制令が廃止され、日本海洋漁業統制から元の社名(昭和13年)にもどったものである。


SAKANA'80'sニッスイ - 昭和54年に発表されたポスター
戦後の食生活の欧米化に伴う魚食の後退にたいして日本水産は購買層である若者に向けて「新しいさかなの時代」のキャンペーンを大々的に展開した。
船種別 作業・調査船 2007.8.11
山下公園
船種別 作業・調査船に浚渫船を追加

横浜・山下公園 (昭5.3.15開園) - 1972年撮影

山下公園は大正10年に始まった横浜港第3期拡張工事が進められているなか12年に起きた関東大震災の復旧作業の際に、焦土捨て場としていた海面を復興局施工の山手隧道の掘削土砂と大岡川、帷子川等の浚渫土砂により埋め立てられて作られた臨海公園である。
サイト内整理中 2007.8.5
関西汽船沖縄航路の旅客船若潮丸 Wakashio Maru (1973) デビュー時のパンフレット
若潮丸パンフレット
「大阪・神戸←→沖縄 31時間、大阪・神戸←→奄美 22時間 5,500トンの超高速・新造豪華客船 目がさめたら奄美 そして夕方には沖縄へ」とある。
1979年(昭54)にクルーズ船に改造、さんふらわあ7 Sunflower 7 と改名された。
海運集約期 日本郵船 一般貨物船 2007.7.21
銀龍丸海運集約期 日本郵船 一般貨物船を更新

太平洋汽船の銀龍丸 Ginryu Maru (1960)

海運集約後に日本郵船が取得した在来型貨物船のうち最も隻数が多いのはM級船として扱われた中型、中速力の一般貨物船隊であった。銀龍丸は日本郵船系列の太平洋汽船から用船されてラングーン・チッタゴン・カルカッタ航路に就航。後に日本郵船へ売却されて三隅丸 Misumi Maru と改名されている。
青嵐 2007.7.1
昭川丸
コンテナ船 昭川丸 Shokawa Maru (1968)

もと山下新日本汽船の加州丸。昭和56年に川崎汽船と昭和海運に売却、改名された。同年、日立造船で船体を約23m延長する改造工事を実施した。
写真は今からちょうど22年前に東京港で撮影されたもの。

1985.7.1 大井 - T.Ueno
海運再建期 豪州航路 2007.6.9
日豪丸
海運再建期 豪州航路 日本郵船を追加
海運再建期 豪州航路 大阪商船を追加

日豪丸 Nichigoh Maru (1980)

豪州航路用に日本郵船、大阪商船三井船舶、山下新日本汽船の共有コンテナ船として白馬丸(日本郵船)と共に第35次計画造船で建造された。
本航路のコンテナ化は昭和44年、上記の3船社によるスペース・チャーター方式で開始された。

提供 K.Sato
船種別 油槽船 2007.5.20
御室山丸
船種別 油槽船に三井物産造船部玉工場建造船を追加

御室山丸 Omurosan Maru (1937)

三井物産船舶部が船舶改善助成施設の適用を受けて建造した音羽山丸型の第2船。船殻は飯野商事の富士山丸が初めて採用した2列縦通隔壁構造とした。
サイト内整理中 2007.4.14
にっぽん丸
商船三井客船の旅客船にっぽん丸 Nippon Maru (1962)

セブンシーズ(Seven Seas 9,754G/T)としてクルーズ等に就航していたが先代のにっぽん丸の引退により改名された。
写真は少年洋上セミナーに参加する児童を乗せ横浜港大さん橋から出航するにっぽん丸。あいにく天候は優れず、小雨が降るなか見送りの家族からは五色のテープが投げられた。


1983.8.14 横浜港
輸入船 2007.3.18
東洋丸
新たに輸入船の整理用のページを開始


東洋丸 Toyo Maru (1873)

もと英国P&O社のZambesi 明治27年に濱中八三郎が購入。

S.Kizu
サイト内整理中 2007.2.18
徳島丸
日本郵船の油槽船 徳島丸 Tokushima Maru (1966)

第21次計画造船により建造された120,000重量トン級の油槽船。機関部、荷役関係など広範囲にわたり自動化を採用した。ジャパンラインのジャパン ジャスミンと同型。
写真は昭和50年に撮影されたもの。この年に海外売船され、昭和60年に中国で解体されている。

1975 - F.Honda
山辰丸
山辰丸 Yamatatsu Maru (1961)

幸陽船渠で建造された999総トンの小型の貨物船。所有者は大幸船渠(大阪)、竹林汽船(和歌山)等と変わり撮影時は新興海運(川崎)の所有でのちに係船された。



1977.10.16 久里浜港
船種別 遊覧船 2007.2.11
くらかけ丸
船種別 遊覧船に神奈川県(芦ノ湖)を追加

くらかけ丸 Kurakake Maru (1961)

昭和36年にわが国最初の双胴型遊覧船として神奈川県・芦ノ湖に登場した。写真は昭和58年6月5日に撮影。当時既に船齢22年だったが、第二くらかけ丸(1963)、第三くらかけ丸(1964)ともども活躍していた。このタイプの双胴型船を開発した日本鋼管は昭和40年にビルマ向けに河川用双胴型客船を同社浅野船渠で2隻建造している。
パイオニアshowa1/showa1_route_hokubei.htm border=

パイオニア Pioneer (1964)

箱根観光船は東京オリンピック開催年の昭和39年に芦ノ湖の遊覧船として初めて「海賊船」パイオニアを就航させた。製造者は日立造船神奈川工場。船体を数個のブロックに分けてトレーラーで搬送し桃源台にある箱根観光船の船舶工場にてブロックを組合わせて船体を完成させた。

1983.6.5
明治前期 共同運輸の取得船 2007.2.10
越後丸
明治前期 新造輸入船 征台の役〜明治26年 を更新

丸一本間合名の汽船越後丸 Echigo Maru (1883)

共同運輸が明治16年に英国で新造と同時に購入した鉄製汽船。共同運輸は設立から郵便汽船三菱会社との合併に至るまでのわずかな期間に新造船を多数建造、購入したが、現在確認できる所有船の写真はきわめて少ない。
海運集約期 ジャパンライン 撒積貨物船 2007.1.27
海運集約期 ジャパンライン 撒積貨物船を追加
ぼりばあ丸
ぼりばあ丸 Bolivar Maru (1965)

海運集約による整備計画初年度の第20次計画造船で建造された撒積貨物船。本船は昭和44年1月に野島崎沖で荒天のため船体が折損して沈没、同じ20次計画造船で建造された第一中央汽船のペレット専用船かりふおるにあ丸は翌45年2月にほぼ同じ海域で遭難沈没した。両船の事故を重視した運輸省船舶局と日本海事協会が20次計画造船以降の大型船約60隻の安全性を総点検した結果、船体の一部の腐食や亀裂が予想以上にひどいことが報告された。
海運集約期 川崎汽船 油槽船 2007.1.20
くらいど丸
海運集約期 川崎汽船 油槽船を追加

くらいど丸 Clyde Maru (1966)

川崎汽船が英国ビー・ピー社(British Petroleum Co.)からの長期10年の定期用船契約を獲得して建造した78,000重量トン級の大型油槽船。シェル石油向けに建造された、ていむず丸 Thames Maru の姉妹船。
造船会社の概要 2007.1.4
夕顔丸進水式
長崎造船所の概要を掲載開始

夕顔丸 Yugao Maru (1887) の進水式

明治20年、立神船台における三菱社の汽船夕顔丸の進水式。長崎造船所が建造した初の鉄製汽船で昭和37年に解体されるまで長らく活躍した。
慶春 2007年1月
氷川丸とマリンタワー
氷川丸と横浜マリンタワー
Hikawa Maru & Yokohama Marine Tower

昨年末、営業を中止した横浜港のシンボル氷川丸と横浜マリンタワー。「見る船、泊まれる船 海の教室氷川丸」としてかつてはユースホステルも営業されていた。氷川丸は日本郵船、マリンタワーは横浜市の所有となり、改修後に営業を再開する予定という。

1972.5.7 横浜港
巡視船みうら
巡視船みうら PL-32 (1968) (手前)と、いず PL-31 (1967)

気象観測用のレーダードームが印象的である。画面左の遠景には大さん橋に停泊中の商船三井客船のにっぽん丸とAPLのプレジデント級客船の姿が見える。


1972.5.7 横浜港

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